空室のある一棟アパートは、満室に戻さなくても売却できます。反対に、先に空室を埋めたほうが得だとも限りません。大事なのは空室が何室あるかではなく、募集がどこで止まっているかと、空室を埋めるために使ったお金を売却価格で取り戻せるかです。
- 空室カルテ:住戸ごとに、募集がどこで止まったかと、次に確かめることを書き出す
- レントロールの3分割:契約上の賃料、実際に入った金額、空室が埋まった後の予想を、混ぜずに並べる
- 改善差額:空室を埋めた後の価格から、修繕費・募集費・保有中の持ち出し・売却費用を引き、今のまま売る場合と比べる
空室は「何室あるか」ではなく「どこで止まっているか」で打つ手が変わる
同じ「半年空いている部屋」でも、退去後の修繕が終わっていないのか、募集しても問い合わせが来ないのかで、売却前にやるべきことは違います。当てはまる段階から確認してください。
確認すること:工事の内容、見積額、いつ終わるか
売却前の考え方:工事後に価格がいくら上がるかを、費用と待ち時間と比べます。
確認すること:募集賃料、競合する物件、掲載内容、地域の需要
売却前の考え方:条件を直しても反応が弱いなら、今のままの査定を先に取ります。
確認すること:室内と共用部の状態、初期費用、内見した人の意見
売却前の考え方:お金をかける前に、見送られた理由を1室で確かめます。
確認すること:入居審査、契約条件、初期費用、説明の内容
売却前の考え方:部屋に需要がないのか、契約手続きでつまずいているのかを分けます。
契約賃料、請求額、実際の入金、保証会社からの支払いを並べて照合します。この場合の問題は空室ではなく、滞納を含めて「いくら入ってきているか」です。
空室の状態を整理したら、査定は物件の状態と売り方の2軸でそろえます。物件の状態は、現況(今の入居・修繕のまま)、指定した修繕と募集をした後、条件が合えば建物再生や土地としての売却。売り方は、買主を探す仲介か、不動産会社などによる直接買取です。
比べるときは、査定日と売却期限をそろえ、売却までの収支、修繕・募集費、売却費用、決済時のローン残高まで入れて、税引前と税引後の手取り見込みを出します。期限内に売れる見込みも合わせて確認します。
売り方が決まるまでは、長期の安い家賃での契約、長いフリーレント(一定期間家賃を無料にする条件)、サブリースの契約や解約、退去交渉、解体は始めないほうが安全です。どれも買主層や将来の収益を変えてしまい、後から元に戻せません。
査定に出す前に、基準日をそろえたレントロール、全住戸の賃貸借契約書、直近12〜24か月の入金記録を用意します。年間の運営費、修繕履歴、ローンを一括返済する場合の残高も加えます。同じ一式を収益物件の売買に詳しい複数社へ渡せば、査定額の違いが「どこから生まれた差か」まで比べられます。
この記事が想定しているのは、日本国内の居住用一棟アパートを、一部または全部が空室の状態で、通常の市場で売るケースです。区分マンション1室、店舗・事務所が中心の物件、借地権、競売、任意売却(債権者の同意を得て進める売却)、入居者との紛争、法人の税務は前提が変わるため、個別に専門家へ確認してください。
空室が多い一棟アパートは「売れない」のではなく、買主と値付けが変わる
空室が多いと売れない、と考える必要はありません。変わるのは、その物件を評価する買主と、価格の組み立て方です。
安定して家賃が入る物件を探す投資家は、今の家賃収入を重く見ます。一方、改修や賃貸管理を得意とする事業者は、空室を埋めた後の収入から、必要な工事費とうまくいかない場合のリスクを差し引いて判断します。全戸空室で土地の使い道が広ければ、賃貸経営ではなく建替えや別の用途を考える買主も候補に入ります。
空室は収入を下げますが、賃貸運営に強い買主から見れば伸びしろでもあります。ただし、満室想定の家賃を書き添えるだけでは根拠になりません。空室の理由、決まりそうな賃料、必要な費用と期間まで示して、はじめて「埋めた後の収益」を一緒に検討できます。
「空室率○%」だけで売り方を決めない
空室率は建物の稼働状況を示しますが、それだけで売却の可否や売り方までは決まりません。同じ8室中6室入居・2室空室でも、空いている部屋の賃料や面積が大きければ、収入の落ち込みは重くなります。空室の影響は、少なくとも次の3つに分けて見ます。
| 指標 | 計算の考え方 | 分かること |
|---|---|---|
| 戸数稼働率 | 入居戸数 ÷ 賃貸可能戸数 | 何室が動いているか |
| 賃料稼働率 | 現行契約賃料の合計 ÷ 根拠のある満室想定賃料 | 空室が収入へ与える大きさ |
| 入金率 | 実際の入金額 ÷ 請求した契約賃料 | 滞納や未回収を含む収入の確かさ |
戸数稼働率が75%でも、高い賃料を見込む2室が空いていれば、賃料稼働率は75%を下回ります。反対に、賃料の安い小さな部屋だけが空いているなら、戸数ほど収入は落ちていません。
1か月分の稼働率だけでは、たまたま退去が重なったのか、慢性的に空いているのかも分かりません。直近12〜24か月の月別の入居、募集期間、問い合わせ、内見、申込み、成約賃料を並べると、買主がいちばん知りたい「この空室は今後も続くのか」が見えてきます。
空室があっても現況売却を先に比べたいケース
次に当てはまるなら、満室にすることを前提にせず、今の状態で査定を取る価値があります。
- 返済や納税などの期限があり、募集に使える時間が短い
- 空室の原因が人口・賃貸需要・周辺の供給など、所有者だけでは変えにくい
- 給排水、屋根、外壁、耐震、法令適合などに大きな調査・工事が必要
- 募集家賃を下げても反響が乏しく、他の部屋なら決まるという根拠もない
- 全戸空室で、建物より土地や再生事業として評価する買主が見込める
- 改善後の高い査定は出たが、費用・期間・成約条件が書面になっていない
空室を埋められなかった経緯も、隠すより整理したほうが有利に働きます。「家賃を下げても決まらなかった」のと「修繕が終わらず募集を止めていた」のとでは、買主が引き受けるリスクがまったく違うからです。
レントロールが悪いときは「3つの収入」を混ぜずに示す
レントロールは、住戸ごとの入居状況、賃料、共益費、敷金、契約期間などを一覧にした資料です。決まった様式はありません。見た目を整えることより、賃貸借契約書と入金記録に数字が合っていることを優先します。
売却用では、①契約上の賃料、②実際に入金された金額、③空室が埋まった場合の予想収入を、別々に示します。「レントロールが悪い」とは、空室が多いことだけを指すのではありません。次のように、数字の意味が読み取れない状態も含みます。
| レントロールの問題 | 買主が判断できないこと | 整え方 |
|---|---|---|
| 作成日・基準日がない | 情報が今も有効か | 「2026年7月24日現在」のように基準日を書く |
| 空室の募集賃料と入居中の契約賃料が同じ列 | 今の収入はいくらか | 現況契約、募集、満室想定を別の列に分ける |
| 契約賃料と入金額が合わない | 滞納、減額、フリーレントの有無 | 月別の請求額と実入金を突き合わせ、差額の理由を書く |
| 退去通知、更新日、定期借家の満了がない | 近い将来に増える空室 | 通知日、退去予定日、契約種別、満了日を書く |
| 敷金・保証会社・滞納債権が不明 | 決済時に引き継ぐ義務と回収の見込み | 契約書、敷金台帳、保証契約、督促記録と合わせる |
| フリーレントや広告料の記載がない | 実質的な成約賃料と募集にかかる費用 | 無料期間、礼金、広告料、原状回復費を分けて書く |
| 家賃だけで年間経費がない | 手元に残る純収益 | 管理、清掃、点検、修繕、税、保険、募集費を年額で出す |
| 売却直前の入居が集中している | その入居が続くのか | 入居日、募集期間、契約条件、関係当事者を示す |
売却用レントロールに入れたい項目
最低限、住戸ごとに次をそろえます。
- 部屋番号、用途、間取り、賃貸面積
- 入居中、空室、申込中、退去予定の区分
- 普通借家・定期借家などの契約種別、契約日、更新日・満了日
- 契約賃料、共益費、駐車場などの継続収入
- 今の募集賃料と、その根拠にした比較物件
- フリーレント、礼金、広告料などの募集条件
- 直近12〜24か月の請求額、入金額、滞納額
- 敷金・保証金、保証会社、連帯保証の状況
- 退去通知、トラブル、修繕依頼など価格判断に関わる事項
- 数字の根拠となる契約書、通帳、管理送金明細などの所在
空室には、空いた日、前回の成約賃料、今の募集賃料、募集を始めた日、問い合わせ数、内見数、申込数、申込みに至らなかった理由、修繕の状態と見積額を足します。ここまで書くと、「悪いレントロール」は低稼働の記録ではなく、直せる空室と直しにくい空室の一覧に変わります。
契約、請求、入金の3点を突き合わせる
レントロールに月6万円と書いてあっても、フリーレント中で入金が0円なら、今の実収入は6万円ではありません。保証会社が家賃を立て替えている場合も、入居者本人からの入金、保証会社の立替払い(代位弁済)、未回収のままの分を分けます。
賃貸借契約書と覚書を確認し、契約期間、賃料、共益費、無料期間などを住戸ごとに整理します。
管理会社の月次報告と請求台帳を突き合わせ、どの月に何を請求し、何が控除されたかを確認します。
通帳と送金明細を確認し、本人からの入金、保証会社の支払い、未回収を分けて記録します。
差額が出たら、都合のよい数字に合わせず、滞納、相殺、減額、フリーレント、管理会社の未送金など、原因を書き残します。
空室や賃料低下を織り込んだ数字は、買主が融資を検討する場面でも扱われてきました。金融庁が2019年に公表した投資用不動産向け融資に関するアンケート調査では、賃料低下や空室増加を織り込んだ収支検証(PDF 13〜15頁)と、周辺家賃・入居率の確認(PDF 21頁)が取組例として挙げられています。
同じ資料には、借入人の財務や所得を原資料で確かめる取組(PDF 21頁)も載っていますが、これはレントロールの照合とは別の確認です。またこの調査は、当時の一棟建て向け融資を中心としたもので、現在のすべての金融機関に共通する審査基準ではありません。
入居者の個人情報は、段階を分けて開示する
販売の初期に渡すレントロールには、氏名、勤務先、電話番号など個人を特定できる情報を載せません。部屋番号、契約条件、入金状況など、収益と契約の確認に必要な情報にとどめます。
- 秘密保持と利用目的を決める
- 閲覧できる人と管理方法を決める
- 漏えいしたときの対応を決める
- 交渉がまとまらなかった場合の削除・返却を決める
- 調査に必要な範囲だけを開示する
個人情報保護委員会のQ&A(不動産売買の調査における賃借人データの取扱い)は、一定の条件下では本人の同意がなくても提供できるとする一方、提供先に安全管理措置を守らせる契約が必要と説明しています。実際にどの項目をどの順で開示するかは、仲介会社の個人情報管理ルールや、必要に応じて弁護士の助言に沿って決めます。
満室にしてから売るかは、価格差ではなく「改善後の手取り差」で決める
満室は分かりやすい強みです。ただし、家賃を大きく下げたり長いフリーレントを付けたりして急いで埋めると、その契約が売却後の収益まで縛ります。買主が見ているのは「満室」という表示ではなく、その賃料が続くのか、費用を引いていくら残るのかです。
空室を埋めてから売りやすいケース
次の条件がそろうほど、改善後の売却を検討しやすくなります。
- 退去や修繕の時期が重なっただけで、過去には安定した入居実績がある
- 周辺の成約賃料と問い合わせ状況から見て、募集賃料に無理がない
- 空室ごとの修繕費、募集費、無料期間、完了時期を見積もれる
- 長期の値下げや不利な契約を使わなくても入居が見込める
- 売却を待つ間の返済と運営費を負担できる
- 思ったより収益が伸びなかった場合でも、改善後の手取りが現況売却を上回る
原因が分からないまま全室にお金をかけるより、まず1室で募集条件を試す方法もあります。必要最低限の修繕をして、賃料、問い合わせ、内見、申込み、契約に至らなかった理由を記録します。1室の結果をそのまま他の部屋に当てはめることはできませんが、同じ手が使えるかを考える材料にはなります。
現況のまま売りやすいケース
次の条件では、売主が先に入居付けの費用を負うより、再生を得意とする買主へ現況で売るほうが、期限や手取りに合うことがあります。
- 立地や間取りが今の賃貸需要と合わず、賃料の調整だけでは解決しにくい
- 法令不適合の疑い、未登記、再建築の可否、境界、接道など、賃貸募集より先に調べるべき問題がある
- 大規模修繕や設備更新が必要で、費用と工期が固まっていない
- 持ち続けると、返済・税・管理の支出が資金余力を超える
- 全戸空室で、賃貸住宅以外の用途や土地として検討する買主がいる
- 売却期限までに、入居実績を十分な期間示せない
仲介と直接買取は、価格だけでなく条件も違います。直接買取では、買主が再販売・改修・空室のリスクを引き受ける分、その費用と利益が価格から差し引かれます。仲介は高く売れる余地がある一方、買主探し、詳細調査、融資承認に時間がかかり、成約するとも限りません。
買取価格と仲介の査定額を比べるときは、仲介手数料、売却までの持ち出し、追加の修繕費、契約不適合責任(引渡し後に契約と違う不具合が見つかったときの売主の責任)の範囲、価格を下げる条件までそろえます。直接買取でも、間に仲介会社が入れば手数料が発生することがあるため、それぞれの会社の立場を確かめます。
全戸空室でも、解体は査定後に判断する
全戸空室なら、内覧・改修・用途変更は進めやすくなります。その代わり、今の家賃収入はありません。建物を生かす買主、賃貸住宅として再生する買主、土地を使う買主で、評価はそれぞれ変わります。
解体は元に戻せません。先に、一棟の現況価格、建物の再生を前提にした価格、土地としての価格を取り、解体・調査・測量などの費用を引いて比べます。土地として高く見えても、必要な費用を引くと、一棟のまま売る場合との差が縮むことがあります。
入居者が残るなら、売却を理由に退去を前提としない
一部の住戸に入居者がいるアパートは、通常、賃貸借契約をそのまま引き継ぐ「オーナーチェンジ物件」として売却します。引渡しを受けた建物の賃貸借は、その後の所有者にも主張できます(借地借家法31条)。対抗要件を備えた賃貸物件を譲渡した場合、貸主の地位は原則として買主へ移ります(民法605条の2)。
普通借家契約では、貸主から解約を申し入れたり更新を断ったりするには正当事由が必要です(借地借家法27条・28条)。売却するからという理由だけで退去してもらえるとは考えず、入居中の住戸は契約を引き継ぐ前提で査定します。退去や滞納に個別の事情がある場合は、賃貸借契約一式を弁護士へ渡し、対応の順序を確かめてください。
空室による価格差は「現在の純収益」と「安定稼働後の純収益」で見る
一棟アパートの価格は、満室想定の家賃だけでは決まりません。空室や滞納を差し引いた収入から運営費を引き、その収益が続く見込みと利回りを合わせて検証します。
国土交通省の不動産鑑定評価基準(総論第7章第1節IV、PDF 28〜29頁)は、将来見込める純収益をもとに価格を求める方法を「収益還元法」としています。もっとも単純な直接還元法の式は、次のとおりです。
収益価格 = 一期間の純収益 ÷ 還元利回り
純収益は、年間の収入から運営費を引いた利益です。還元利回りは、その純収益を価格に置き換えるときに使う利回りを指します。
同じ基準の一般規定(PDF 30頁)は、貸室稼働率の変動に加え、維持管理費、修繕費、固定資産税・都市計画税、保険料などを検討項目に挙げています。証券化対象不動産の統一項目(各論第3章第4節II、PDF 55〜56頁)では、空室・貸倒れによる損失、募集費、建物の価値や耐久性を高める支出まで分けています。
すべての査定が、ここまで細かい明細を使うわけではありません。それでも、満室時の家賃だけでは収益価格を検証できない点は共通しています。
簡易な計算では、年間収入から日常の運営費を引いた「NOI(営業純収益)」を使います。ただし、毎年かかる修繕費と、建物の価値や耐久性を高める大規模改修費は、査定上どちらに入れるかをそろえる必要があります。
「今の収益」「一時的な変動を除いた収益」「改善後の予測」を分ける
空室のある物件では、次の3つを混ぜると価格を読み違えます。
| 収益の見方 | 中身 | 主な使い道 |
|---|---|---|
| 現況実績 | 直近の契約と実入金にもとづく収入 | 今の収益状況と、買主が取得直後に得る収入の確認 |
| 一時要因をならした実績 | 一時的な入退去、臨時の収入・支出を分けた収益 | 現況を1年間の平常状態として比べる |
| 安定稼働時の予測 | 市場賃料、募集実績、空室期間、必要な工事を根拠にした将来収入 | 改善後の収益と価格の検討 |
直近12か月の実入金を使うなら、その期間にすでに出ている空室損をもう一度引かないようにします。反対に満室想定の賃料から始めるなら、通常発生する空室、入替の期間、フリーレント、滞納の見込みを差し引きます。
ローンの元金返済と、売主にかかる税金は、物件そのもののNOIには入れません。収益価格を確かめたあとで、売主の税引前・税引後の手取り見込みへ反映します。
還元利回りは、地域、築年、構造、修繕、売りやすさ、融資環境、収益の確かさで変わります。ポータルサイトに出ている売出利回りをそのまま採用せず、不動産会社には、参考にした成約事例と、この物件固有のリスクをどこに反映したかを聞きます。
空室を埋めた後の高い価格が、そのまま手取りの差になるとは限らない
以下は、計算の流れだけを示す仮想例です。7.0%・7.5%という利回りや各費用は相場ではなく、この例だけの仮定です。ローン返済と税金も含めていません。
改善差額 = 改善後の比較額 − 現況売却の比較額
比較額 = 簡易収益価格 − 売却費用 − 改善のための追加支出
| 比較項目 | 現況で売却 | 改善後・基準ケース | 改善後・下振れケース |
|---|---|---|---|
| 年間純収益の仮定 | 240万円 | 300万円 | 270万円 |
| 還元利回りの仮定 | 7.5% | 7.0% | 7.5% |
| 簡易収益価格 | 3,200万円 | 約4,286万円 | 3,600万円 |
| 売却費用の仮定 | ▲130万円 | ▲170万円 | ▲150万円 |
| 追加修繕費 | 0万円(追加なし) | ▲180万円 | ▲180万円 |
| 追加募集費 | 0万円(追加なし) | ▲50万円 | ▲50万円 |
| 改善期間の追加保有負担(7か月×10万円) | 0万円(追加なし) | ▲70万円 | ▲70万円 |
| ローン返済・税金を除く比較額 | 3,070万円 | 約3,816万円 | 3,150万円 |
| 改善差額 | ― | 約+746万円 | +80万円 |
基準ケースの改善差額は約746万円ですが、純収益と利回りが少し下振れするだけで80万円まで縮みます。しかもこの金額は、最終的な手取りではありません。ローン返済と税金を加え、売却期限内に回収できるかまで確かめる必要があります。
この例では、改善期間中に増える賃料と日常の運営費を差し引いても、月10万円の持ち出しが続くと仮定しています。改善後の査定を見るときは、「収入が増える」と「還元利回りも下がる」を同時に期待しないようにします。純収益が伸びず、利回りも変わらない場合を置いて、それでも改善差額がプラスかを見ます。
自分の数字を入れる改善差額シート
査定を受け取ったら、次の表に同じ基準日の数字を入れます。分からない項目を0円にすると手取りを多く見積もってしまうため、確認できていない欄は「未確認」と書いてください。
| 入力・計算項目 | 現況売却 | 改善後売却 |
|---|---|---|
| 想定売却価格 | __万円 | __万円 |
| 売却費用 | __万円 | __万円 |
| 追加修繕費 | 追加なし/__万円 | __万円 |
| 追加募集費 | 追加なし/__万円 | __万円 |
| 改善期間の追加保有負担 | 追加なし/__万円 | __万円 |
| ローン返済・税金を除く比較額 | __万円 | __万円 |
| 改善差額(改善後-現況) | ― | __万円 |
| 税引後の概算手取り | __万円 | __万円 |
空室カルテで、募集がどこで止まったかを1戸ずつ残す
同じ建物でも、間取り、設備、階数、原状回復の進み具合で、募集が止まる場所は違います。空室ごとに経過と次の一手をまとめたものが「空室カルテ」です。
以下は記入済みの仮想例です。金額や反響数は相場ではありません。
状況:退去4か月、前回賃料6.0万円。給湯器の故障で募集を止めており、交換の見積りは20万円。
次の一手:現況の査定と、交換後の募集条件・査定を同時に取る。
費用判断:20万円を引いても改善差額が残る場合だけ、発注の候補にする。
状況:募集6か月、賃料6.2万円、問い合わせ0件。
次の一手:周辺の成約賃料、競合、掲載先、写真、条件を照合する。
費用判断:需要と賃料を確かめる前に、大きな改修はしない。
状況:募集3か月、問い合わせ8件、内見4件、申込み0件。見送りの記録は初期費用が2件、共用部が2件。
次の一手:初期費用の内訳と共用部の状態を分け、お金のかからない対策から1つずつ試す。
費用判断:見送り理由に対応し、他の部屋にも使える対策だけ見積もる。
問い合わせが来ないなら、賃料、広告、地域の需要を確かめます。内見後に断られるなら室内・共用部・条件、申込み後に契約へ進まないなら審査・初期費用・契約条件を見ます。1つの数字だけで原因を決めず、管理会社にも見送り理由の記録を頼みます。
原状回復が終わらず募集していない部屋は、「長く募集しても決まらない部屋」と分けて扱います。空室期間は同じでも、前者の論点は工事費と再募集までの期間、後者は賃料、部屋の魅力、地域の需要だからです。
空室カルテと一緒に残す資料
- 募集図面と掲載履歴
- 問い合わせ・内見・申込み・見送り理由の記録
- 修繕見積書と、発注・完了の状況
- 全住戸の賃貸借契約書と入金記録
- 年間運営費と、修繕・点検の資料
- 登記・建築・境界関係の資料
見つからない資料は推定で埋めず、「未確認」と書き、どこから取り寄せるか、いつまでに確認するかを添えます。空室カルテは、空室をよく見せるための資料ではありません。お金と時間で直せる問題、調査が必要な問題、所有者だけでは変えにくい問題を分け、買主が理由の分からないリスクまで価格から差し引くのを防ぐための資料です。
一棟アパートの査定は「物件状態」と「売り方」の2軸で依頼する
査定額を比べる前に、前提をそろえます。現況と満室想定、仲介と買取、建物利用と土地利用が混ざったままでは、高い査定が本当に有利かどうかを判断できません。
収益物件の売買に詳しい不動産会社へ、同じ基準日と売却期限で、当てはまる状態の査定を依頼します。
- 今の入居・空室・滞納・修繕の状況を開示した、現況
- 指定した修繕と募集条件で、一定の稼働まで改善できた状態
- 全戸空室など条件を満たす場合だけ、建物を再生する状態と、土地としての売却
そのうえで、それぞれの状態について、仲介で見込む成約価格・期間と、直接買取の価格・条件を分けます。買取会社が土地として使う予定でも、それは買主の利用計画であり、売り方は直接買取です。入居者が残っている物件に、根拠もなく全戸空室を前提にした査定は加えません。
物件状態×売り方の査定比較シート
同じ資料と期限で査定を取り、当てはまる欄へ価格・期間・費用・減額条件・概算手取りを記入します。条件に合わない欄は、無理に埋めず「対象外」としてください。
| 物件の状態 | 仲介 | 直接買取 |
|---|---|---|
| 現況 | 価格:__万円 期間:__か月 費用・条件:__ 概算手取り:__万円 | 価格:__万円 期間:__か月 費用・条件:__ 概算手取り:__万円 |
| 指定した修繕・募集後 | 価格:__万円 期間:__か月 費用・条件:__ 概算手取り:__万円 | 価格:__万円 期間:__か月 費用・条件:__ 概算手取り:__万円 |
| 建物再生/土地利用 (条件を満たす場合) | 価格:__万円 期間:__か月 費用・条件:__ 概算手取り:__万円 | 価格:__万円 期間:__か月 費用・条件:__ 概算手取り:__万円 |
査定書に書いてもらう項目
- 現況の実収入、満室想定、空室・貸倒れ、年間運営費、純収益
- 採用した還元利回りと、その根拠
- 比較した成約事例の時期、地域、築年、構造、稼働状況
- 想定する買主と、その買主が使える見込みの融資、まだ確認できていない事項
- 必要な修繕・募集施策と、その費用・完了時期
- 想定販売期間と、価格を見直す条件
- 売却費用、契約条件、価格が確定する時点
- 仲介会社、直接の買主、関連会社、紹介先など各社の役割
「現況」と、「空室のうち○室を見積書どおりに直し、この条件で入居した状態」を分けて査定してください。
それぞれ、仲介の成約予想価格と期間、直接買取の価格と条件を示してください。
あわせて、現況収入、安定稼働後の収入、運営費、純収益、利回り、参考にした成約事例、売却費用、値下がりの条件も書面にしてください。
最高額を出した会社が、いちばん高く売ってくれる会社とは限りません。査定の差が、純収益、利回り、土地評価、修繕、買主層のどこから生じたのかを説明できる会社を選びます。
一棟アパートの売却会社へ聞きたい6つの質問
- 満室想定ではなく、今の実入金を使った価格はいくらか
- 空室を埋めた場合、純収益と価格はどの根拠で増えるのか
- 成約事例と売出事例を分けているか
- 空室が多い物件の想定買主は誰で、その買主の融資に足りない資料は何か
- 建物を生かす価格と、土地利用を前提にした価格をどう比べたか
- 売買契約まで、または決済までに空室・退去が増えた場合、価格と契約条件をどう扱うか
6つ目は見落とされがちです。査定時には6室入居でも、決済時には5室に減っているかもしれません。反対に、販売中に1室決まることもあります。どの時点のレントロールを価格の前提にするか、変化が起きたときの通知期限、価格調整や解除の条件を、契約前に決めておきます。
売却は6段階で進める
いつまでに、税引前・税引後でいくら必要かを決めます。
契約、請求、入金、募集、修繕の記録を同じ基準日でそろえます。
同じ資料、査定日、売却期限で、現況と改善後、仲介と直接買取を比べます。
価格だけでなく、期間、費用、減額条件、契約上の責任までそろえて選びます。
必要性に応じて資料を段階的に開示し、未確認の事項と収益の前提も伝えます。
入居、退去、入金、修繕の変化を最終レントロールと引継書類へ反映します。
査定額でローン残高と売却費用を賄えない見込みなら、売買契約の前に金融機関へ相談します。
契約から決済まで、レントロールの差分を管理する
空室のあるアパートでは、査定の後も収入が動きます。販売中に入居が決まることもあれば、契約済みの部屋から退去通知が届くこともあります。古いレントロールを価格の前提にしたまま契約すると、買主の融資や決済条件にまで影響しかねません。
まず「いつの状態を価格の前提にしたか」を、査定書、購入申込書、売買契約書それぞれに書いておきます。その後の変化は、元の数字を書き換えて消すのではなく、発生日、判明日、根拠資料、収入と費用への影響を、差分として残します。
販売中に変化したら記録すること
- 入居申込み・新規契約:契約賃料、無料期間、広告料、敷金、保証、契約開始日、初回入金
- 退去通知・退去:通知日、退去日、最終賃料、敷金、原状回復、再募集までの予定
- 滞納・保証会社の支払い:本人の未入金、保証会社による立替払い(代位弁済)、未回収債権を分けた金額と日付
- 賃料の変更・免除・相殺:契約変更の根拠、期間、請求額と実入金への影響
- 修繕・設備の故障:対象住戸、見積額、発注状況、完了予定、売主と買主の費用負担
販売中の差分記録シート
変化が起きるたびに1行追加し、根拠資料と一緒に保管します。収入だけでなく、修繕費や募集費への影響も記入してください。
| 発生日/判明日 | 住戸・変化 | 根拠資料 | 収入・費用への影響 | 通知・負担の対応 |
|---|---|---|---|---|
| __/__ | __号室・__ | __ | __円/月・一時費用__円 | 通知期限__/負担者__ |
| __/__ | __号室・__ | __ | __円/月・一時費用__円 | 通知期限__/負担者__ |
| __/__ | __号室・__ | __ | __円/月・一時費用__円 | 通知期限__/負担者__ |
売買契約では、入居や退去などの変化をいつまでに伝えるかを決めます。あわせて、価格を調整・解除する条件、賃料や固定資産税などの精算、敷金・未収賃料・原状回復費の負担、工事中の修繕と管理契約の扱いも定めます。買主が融資を使う場合は、承認の期限と、前提にした収入が変わったときの扱いも確認します。
収益を説明するときは、その実現を妨げる条件も一緒に伝えます。不動産適正取引推進機構が紹介する裁判例には、提示された利回りの前提となる収益に、法令上の制限が影響していた事案があります。この事案では、売主業者の調査説明義務違反が認められました。
個別の裁判例をすべての売買へ当てはめることはできません。それでも、想定収入だけを切り出して見せるのではなく、その前提や制約も伝える必要があると分かります。
決済時には、最後の差分まで反映したレントロールを確定します。賃貸借契約、敷金、鍵、入金・滞納、修繕、管理会社などの引継書と一緒に渡し、売主と買主の双方で受領内容を残します。
入居者には、所有者と管理窓口が変わる日、振込先、緊急連絡先、これまでの契約がそのまま続くことを案内します。
最終手取りは、売却までの収支と税金を分けて計算する
税引前の概算手取り
= 売却代金 + 売却までの賃料などの現金収入
- 運営・修繕・募集・売却の費用
- 売却までのローン元利返済 - 決済時のローン残高
税引後の概算手取り
= 税引前の概算手取り - 売却に伴う税金の見込額
売却までに返したローン元金と、決済時のローン残高は、どちらも実際の支出です。ただし、管理会社の送金額や保有収支を、すでに費用を引いた後の金額で置いている場合は、その中に含まれる費用をもう一度引かないようにします。比べるすべての案で、計算の開始日と、収入・支出の範囲をそろえます。
個人の譲渡所得は、原則として譲渡価額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算します。一棟アパートの建物の取得費は、減価償却費相当額を差し引くため、購入額をそのまま使えるとは限りません。詳しくは国税庁の「譲渡所得の計算のしかた」「取得費となるもの」を確認してください。
また、売主の納税義務などによっては、建物の売却が消費税の課税対象になります。一方、土地の譲渡は非課税です。国税庁の「個人が事業用建物等を譲渡した場合の消費税」「建物と土地を一括譲渡した場合の建物代金」も参照してください。
税額は、所有形態や取得の経緯でも変わります。取得時の資料と減価償却台帳を税理士へ渡して確認してください。
空室以外の問題は、レントロールから切り分ける
空室と一緒に別の問題が見つかったときは、「稼働率が低い物件」とひとまとめにしないでください。必要な資料も、相談先も、売却前にできることも変わります。
| 資料から分かること | 先に切り分ける論点 |
|---|---|
| 入居中だが、請求額と入金額が合わない | 滞納額、保証会社の支払い、督促・解除の経緯、債権の引継ぎ |
| 所有者ではなくサブリース会社が賃貸人になっている | 一括借上げ契約(マスターリース)の賃料、免責期間、減額・解約・承継の条件 |
| 検査済証(工事完了時の検査に合格したことを示す書類)が見当たらない | 書類の保管状況、代わりになる資料、現況調査、融資への影響 |
| 増築、用途、接道などに法令上の疑いがある | 違反の有無、是正できるか、再建築・融資・説明への影響 |
| 入居者が残り、賃貸借契約を引き継ぐ | 契約、敷金、管理、入居者への通知を含む売却全体 |
たとえば、空室が2室あっても、入居中の6室で滞納が続いていれば、問題の中心は空室率ではなく実入金です。反対に、入金は安定していても検査済証が見つからなければ、建築資料と現況の調査が、査定や融資の前提になります。
売却方針を決める前に、レントロールの数字と原資料が食い違う箇所へ印を付け、「空室募集」「滞納」「契約」「建物・土地」のどれに当たるかを分けます。すべてを一度に直そうとせず、価格と契約成立に影響する順に確認します。
空室のある一棟アパートは、満室を急ぐより数字をそろえて売却する
空室のある一棟アパートは、満室に戻さなくても売却できます。難しいのは空室の数そのものではありません。今の収入と改善後の予測が混ざり、売却後にいくら残るのかが見えなくなることです。
最初に、住戸別の空室カルテを作り、レントロールの契約賃料・実入金・安定稼働後の予測を分けます。その資料を使って、現況と改善後という物件の状態、仲介と直接買取という売り方を、同じ査定日と売却期限で比べます。
- 想定より収益や価格が下がっても、改善にかけた費用を回収できるか
- 売却期限内にローンを完済できるか
- 入居者の権利と個人情報を守れるか
長期の安い家賃での契約、サブリース、退去交渉、解体は、1社の高い査定だけで先に決めないでください。この3つを確かめてから、自分の期限と手取りに合う売り方を選びます。
