有料老人ホームの入居が決まり、月額利用料の請求書を見て、親の年金だけでは足りないと気づきました。実家を売って充てようと不動産会社に相談したところ、母の意思確認ができないと難しいと言われた。それでも売る方法はあります。
家庭裁判所に成年後見人を選んでもらい、そのうえで家を売る許可を得るという二段階の手続きです。令和7年に終わった居住用不動産の処分許可10,256件のうち、9,779件が認められました。この記事では、その二段階で何を用意し、どの順番で進めるかを説明します。
- 親がいまの状態で家を売れるかどうかを判断できる
- 成年後見人を立てて売るまでの順番がわかる
- 家庭裁判所の許可に必要な書類を揃えられる
- 申立て費用と、売却後も続く報酬を見積もれる
- 売却後の税金と介護費用への影響を確かめられる
※本記事の情報は2026年9月時点の法令および公表資料に基づきます。家庭裁判所の運用は管轄によって異なります。
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※2025年9月19日-23日 「サイト評価に関する調査」より
認知症の親の家を売れる条件
親が認知症と診断されていても、契約の内容を理解できる状態であれば、本人が売主として家を売れます。
売るには成年後見人が要る。そう思って読み進めている方も多いはずです。ところが、後見の手続きを踏まずに売れるケースがあります。
民法3条の2は「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と定めています。無効になる条件は、契約したその瞬間に理解できていなかったこと。診断がついているかどうかは、条文のどこにも書かれていません。民法が基準にしているのは診断名ではなく、契約時点の状態です。
認知症は進み方も程度も人によって違います。厚生労働省は令和6年12月、認知症施策推進基本計画を閣議決定しました。ここでは令和4年時点の認知症の高齢者数を約443万人、軽度認知障害の高齢者数を約559万人と推計しています。合わせると1,000万人を超え、高齢者の約3.6人に1人が認知症またはその予備群。この443万人が一律に契約できなくなるわけではありません。
まず確かめるべきは、親がどの段階にいるかです。
| 判断能力の程度 | 不動産売却の進め方 |
|---|---|
| 低下なし | 本人が売主として契約する(手続き不要) |
| 軽度の低下(補助) | 本人が契約し、補助人が同意する |
| 中程度の低下(保佐) | 本人が契約し、保佐人が同意する |
| 判断能力を欠く常況(後見) | 成年後見人が代理し、家庭裁判所の許可を得る |
※ どの段階にあたるかは、医師の診断をもとに家庭裁判所が判断します。自己判断はできません。
意思能力が残っている場合の本人売却
親に判断能力が残っていれば、特別な手続きは要りません。親が売主として媒介契約を結び、売買契約に署名し、決済の場に立ち会います。子は同席して補助する立場。
手続きの面では最も軽い形ですが、時間の制約があります。売却活動には数か月かかり、その間に症状が進むこともあります。契約の時点で理解できていても、決済日に意思確認ができなければ、そこで手続きが止まってしまうのです。
今なら契約できる状態でも、引渡しまで持ちこたえられるとは限りません。判断能力に不安があるなら、売却を始める前に医師の診断を受けておいてください。
保佐と補助では本人が同意を得て売却
判断能力が完全に失われる手前には、二つの段階があります。低下が中程度なら保佐、軽度なら補助という制度です。
どちらも本人が契約の当事者になる点は変わりません。違うのは、保佐人や補助人の同意が要るという一点だけ。民法13条1項は「被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない」と定め、その3号に「不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること」を挙げています。実家の売却はこれにあたる行為。同意を得ずに結んだ契約には、後から取り消される可能性が残ります。
利用件数を見ると、この段階の制度はあまり使われていません。令和7年に家庭裁判所へ申し立てられた保佐開始は9,743件、補助開始は3,302件でした。後見開始の29,233件と比べると、合わせても半分に届きません。保佐や補助を使えるうちに動き出す家庭は、まだ少数です。
意思能力の判断に使われる医師の診断書
判断能力を決めるのは家族でも不動産会社でもなく、家庭裁判所です。その材料になるのが医師の診断書。後見開始の申立てには、発行から3か月以内の診断書と、本人情報シートの写しを添えます。本人情報シートは、普段の生活の様子を福祉関係者が記入する書類です。
診断書だけで判断がつかなければ鑑定に進む、と説明されることがあります。ただ実際にはそうなっていません。令和7年に審理が終わった事件のうち、鑑定を実施したものは約3.4%にとどまります。残りの96%以上は、診断書と家庭裁判所の調査で判断されました。鑑定を前提に身構える必要は、まずありません。
令和7年に後見等が開始された事件を原因別に見ると、認知症が約61.3%を占めました。次いで知的障害が約9.6%、統合失調症が約9.3%。この制度を使う理由として最も多いのが認知症です。
診断名ではなく契約時点の判断能力
同じ研究では、軽度認知障害と認知症を合わせた有病率は約28%で、平成24年の調査と比べて大きな変化はありませんでした。内訳を見ると認知症の有病率が下がっており、軽度認知障害から認知症へ進む人の割合が低下した可能性が示唆されています。診断がついた段階と、契約できなくなる段階の間には、しばしば時間があります。
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診断がついた段階で動き出せれば、後見の手続きは要りません。では、間に合わなかった場合はどうなるのでしょうか。
判断能力を失った親の家が売れない理由
家族全員が賛成していても、親の判断能力が失われていれば、親名義の家は売れません。
売れない理由として、家族の関係や不動産会社の慎重さを思い浮かべる方がいます。しかし理由はもっと手前にあります。契約そのものが、法律上の効力を持たないからです。
意思能力を欠いた売買契約の無効
民法3条の2は、意思表示をした時に意思能力がなければ、その法律行為は無効になると定めています。無効とは、最初から効力が生じていなかったという意味。取り消しを申し出るまでもなく、契約は存在しなかった扱いになります。
家庭裁判所から後見開始の審判を受けた人については、民法9条が「成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない」と定めています。日々の買い物は守られる一方、不動産の売買は取消しの対象です。
決済当日の司法書士による意思確認
契約書に署名までこぎつければ、あとは流れで進むのではないか。そう考えたくなりますが、決済の場でもう一度確認が入ります。
売買の最終場面である決済では、所有権を買主に移す登記の手続きが同時に進みます。この登記申請は、売主本人の意思に基づくものであることが前提です。不動産登記法25条は、登記官が申請を却下しなければならない場合を列挙しており、その4号に「申請の権限を有しない者の申請によるとき」を挙げています。同法24条は、申請人以外の者が申請していると疑うに足りる理由があるときは、登記官が権限の有無を調査しなければならないとも定めています。
登記申請を代理するのは司法書士です。司法書士法2条は「常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない」と定めています。売主本人と面談して意思を確かめられなければ、その先へは進めません。
決済当日に手続きが止まるのは、担当者の判断が厳しいからではありません。登記の仕組みがそうなっているためです。
家族の同意や委任状で代われない理由
「委任状があれば子が代わりに売れるのではないか」という質問は、相談の場でよく出ます。書類が一枚あれば解決しそうに見えるからです。
ところが委任状は、本人が内容を理解して作成できる状態でなければ効力を持ちません。判断能力が失われた後に用意したものは、作成自体が無効になります。
兄弟全員が賛成していても結論は変わりません。家の名義人は親であり、売る権利を持つのも親だけ。家族の同意は後見の申立てを進めるうえで役に立ちますが、売却の根拠にはなりません。
罰則規定はなく契約の無効と取消し
「認知症の親の家を売ると罰則がある」という言い方を見かけます。民法を読んでも、そのような罰則規定は見当たりません。
だから大丈夫、とはなりません。罰則がない代わりに起きるのは、契約が無効になるか、後から取り消されるかのどちらかです。取り消しを求められる立場も法律で決まっています。民法120条1項は「行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者……又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる」と定めました。後から選任された成年後見人が、選任前の契約を取り消すこともありえる話です。
- 受け取った売買代金を買主へ返す
- 買主へ移した所有権の登記を元に戻す
- 引っ越しや改装まで済ませていた買主への責任が生じる
取引そのものが元に戻るぶん、罰則があるより後始末は重くなります。
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この結果を避けるために用意されているのが、成年後見という手続きです。
成年後見人を立てて不動産を売却する手順
成年後見人が決まってから売却活動を始め、買主が決まった段階で家庭裁判所に許可を申し立てる。この順番を外すと手続きがやり直しになります。
令和7年に家庭裁判所へ申し立てられた成年後見関係の事件は43,159件でした。そのうち主な動機として「不動産の処分」が挙げられたのは15,502件で、審理が終わった事件全体の36.3%にあたります。最も多いのは預貯金等の管理・解約で39,871件、93.4%。実家の売却は、この制度が使われる代表的な理由のひとつです。
本人の住所地の家庭裁判所へ、診断書や財産の資料を添えて申し立てます。
家庭裁判所が後見人を決めます。親族が選ばれるとは限りません。
後見人が不動産会社と媒介契約を結び、内覧や価格交渉を進めます。
買主が決まったら、売買契約書の案と査定書を添えて許可を申し立てます。
許可が出てはじめて契約を結べます。許可前に契約はできません。
後見人が売主として登記手続きに関わり、代金は親名義の口座で管理します。
家庭裁判所への後見開始の申立て
申立てができる人は法律で決まっています。民法7条は「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる」と定めています。子は四親等内の親族にあたるため、申立て人になれる立場です。
申立て先は本人の住所地の家庭裁判所。費用は申立手数料が収入印紙800円、登記手数料が収入印紙2,600円で、これに連絡用の郵便切手が加わります。郵便料は裁判所ごとに違うため、申立て先で確認してください。
書類は多く見えますが、内訳は本人の状態を示すものと、財産の中身を示すものの二種類しかありません。
- 申立書
- 本人の戸籍謄本、住民票または戸籍附票(発行から3か月以内)
- 成年後見人候補者の住民票または戸籍附票
- 本人の診断書(発行から3か月以内)と本人情報シート写し
- 介護保険認定書など健康状態がわかる資料の写し
- 登記されていないことの証明書(発行から3か月以内)
- 財産に関する資料(預貯金通帳の写し、不動産登記事項証明書など)
- 収支に関する資料(年金額決定通知書、施設利用料の資料など)
このうち不動産の資料と施設利用料の資料は、後の許可申立てでもう一度使います。この段階でまとめて集めておくと二度手間になりません。
後見人の選任と親族が選ばれる割合
申立書には成年後見人の候補者を書く欄があります。自分の名前を書けば自分が後見人になれる、と受け取られやすいところです。
実際の数字はそうなっていません。令和7年に選任された成年後見人等のうち、配偶者・親・子・兄弟姉妹などの親族は7,014件で16.4%でした。親族以外が35,718件で83.6%を占めています。内訳は司法書士が11,966件で33.5%、弁護士が8,903件で24.9%、社会福祉士が7,280件で20.4%。8割を超える事件で、専門職や法人が選ばれています。
| 選ばれた人 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 親族 | 7,014件 | 16.4% |
| 司法書士 | 11,966件 | 33.5% |
| 弁護士 | 8,903件 | 24.9% |
| 社会福祉士 | 7,280件 | 20.4% |
※ 出典:最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」2026年3月公表
※ 1件の事件で複数の後見人等が選ばれる場合があるため、合計は一致しません。
この数字は「申請しても落とされた」ことを意味しません。親族が候補者として申立書に書かれていた事件は、全体の約19.7%にとどまります。つまり8割の申立てでは、そもそも親族を候補に挙げていませんでした。親族が候補になった事件に限れば、選ばれる割合はもっと高くなります。親族の中では子が最も多く3,647件、親族全体の52.0%を占めました。
自分が後見人になれるかどうかは、財産の額や親族間の意見の一致といった事案ごとの事情で決まります。専門職が選ばれた場合、その人が売主として動くことになります。
媒介契約から買主決定までの流れ
後見人が決まったら、次は不動産会社との媒介契約です。契約の当事者は後見人。媒介契約には一般媒介と専任媒介があり、それぞれ報告義務や依頼できる会社数が違います。詳しくは一般媒介と専任媒介の違いをまとめた記事を参考にしてください。
ここから買主が決まるまでは、内覧の対応も価格交渉も通常の売却と変わりません。
違いが出るのはその先です。買主が決まって条件が固まっても、すぐには契約できません。売買契約書の案を作り、家庭裁判所に許可を申し立て、その許可が出てはじめて契約を結べます。この待ち時間を買主に伝えていないと、決済日の調整で行き違いが生まれます。売り出しの段階で不動産会社と共有しておいてください。
所有権移転登記と売却代金の管理
許可が出たら売買契約を結び、決済に進みます。決済の場に売主として立つのは後見人です。
とはいえ、売ったのは後見人ではありません。民法99条1項は「代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる」と定めています。手続きを担うのが後見人でも、譲渡したのは親本人です。この違いは、後で説明する税金の扱いにも影響します。
売却代金も同じく親の財産です。後見人が親名義の口座で管理し、施設費用や生活費に充てていきます。民法858条は「成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない」と定めました。使い道はこの範囲に限られます。
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この6段階のうち、進行が止まりやすいのは4番目の許可申立てです。
居住用不動産の処分許可で裁判所が見る点
令和7年に全国の家庭裁判所が受理した居住用不動産の処分についての許可は10,511件。このうち審理が終わった10,256件を見ると、許可が出たのは9,779件で、却下は5件でした。
却下されたのは0.05%だけ。裁判所が売却を認めてくれないのではないか。心配されがちですが、実際にはほとんど起きていません。
ただし、この数字を「申し立てれば通る」と読むのは危険です。同じ年に取下げが421件ありました。却下される前に、申立てる側が引き下がった件数です。許可を得るために何を揃え、何を説明するかは決まっています。
| 区分 | 件数 | 審理が終わった件数に占める割合 |
|---|---|---|
| 許可が出た | 9,779件 | 約95.3% |
| 取下げ | 421件 | 約4.1% |
| 却下 | 5件 | 約0.05% |
※ 出典:最高裁判所事務総局「令和7年 司法統計年報 3 家事編」2026年6月公表
※ 審理が終わった10,256件に対する割合です。このほか「その他」が51件あります。
民法859条の3が定める許可の対象
根拠は民法859条の3です。「成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない」という条文です。
条文にあるとおり、対象は売却だけではありません。東京家庭裁判所の案内では、処分の範囲として売却、抵当権の設定、賃貸借契約の締結と解除、建物の取り壊しが挙げられています。実家を貸す場合も、解体する場合も許可が要ります。売るか貸すかで迷っている段階なら、売却と賃貸を比べた記事も参考にしてください。
売却の必要性を示す施設費用の資料
家庭裁判所が確かめるのは、その家を今売る必要が本人にあるかどうかです。住む家を手放す判断ですから、本人の利益になることを示す必要があります。
説得力を持つのは、施設の請求書や入居契約書、本人の収支の状況。年金収入と施設利用料を並べれば、毎月いくら足りないかがそのまま伝わります。
民法858条が求める配慮義務も、この場面で働きます。売って現金化することが本人の生活を支えるのか、それとも住み慣れた家を残すほうが本人のためなのか。裁判所はその両方を検討したうえで判断します。
売却価格の妥当性を示す複数社の査定書
必要性を示せれば足りるかというと、確認される点はもう一つあります。価格です。安く売られて本人が損をしないよう、裁判所は金額の相当性を確認します。
東京家庭裁判所の案内では、売却の場合に必要な添付書類として次の4点が挙げられています。
- 処分する不動産の全部事項証明書
- 不動産売買契約書の案
- 処分する不動産の評価証明書
- 不動産業者作成の査定書
前の3点は、役所や不動産会社に頼めば取り寄せられます。手間がかかるのは最後の1点です。
査定書は任意の参考資料ではなく、申立てに必須の書類です。しかも1社の査定額だけでは、その金額が相場なのかどうかを裁判所は判断できません。複数の会社から査定を取り、価格に幅があること、そのうえで契約予定の金額が妥当だと示せると、説明が通りやすくなります。
なお申立て自体の費用は、収入印紙800円と郵便切手110円です。お金の負担は小さく、つまずくとすれば書類と説明の準備です。
契約予定の金額が妥当かどうかは、比べる材料がなければ判断できません。無料の一括査定なら、1回の入力で複数の会社にまとめて依頼できます。
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査定額に大きな開きが出ることも珍しくありません。開きをどう読むかは査定額が高すぎる場合の見方にまとめました。
施設入居後の実家も対象になる場合
すでに親は施設に入り、実家は空き家。誰も住んでいないのだから「居住用不動産」にはあたらない、と考えたくなる場面です。
判断の基準は現在の居住実態ではなく、生活の本拠だったかどうかに置かれます。長年住んでいた家であれば、いま人が住んでいなくても、本人の生活の本拠だったという評価は残ります。管轄の家庭裁判所によって運用に幅があるため、空き家だから許可は不要と自己判断せず、申立ての前に確認してください。
許可が要らないと思って進め、後から必要だったと分かれば、契約からやり直しになります。
揃える書類は見えてきました。では、この一連の手続きにどれだけの時間とお金がかかるのでしょうか。
後見の申立てから引渡しまでの期間と費用
申立てに納める収入印紙は合計3,400円ですが、後見人への報酬は売却が終わった後も、親が亡くなるまで毎年発生します。
手続きの費用を調べると、まず目に入るのは印紙代の安さです。数千円で始められるなら負担は軽い、と受け取られがちなところ。ただし本当の負担は、売却が終わった後から始まります。
申立て費用と医師の鑑定費用
後見開始の申立てにかかる実費は次のとおりです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 申立手数料 | 収入印紙800円 |
| 登記手数料 | 収入印紙2,600円 |
| 連絡用の郵便切手 | 裁判所ごとに異なる |
| 鑑定費用 | 実施された場合のみ |
鑑定になれば費用がかさむ、と心配されることがあります。実際に鑑定が行われた事件は、令和7年に審理が終わった事件のうち約3.4%でした。実施された場合の費用も、5万円以下が43.7%、5万円超10万円以下が42.1%で、10万円以下が全体の約85.8%を占めています。10万円超15万円以下は13.0%。想定より低い水準に収まっているのが実情です。
このほか戸籍謄本や住民票などの取得実費がかかり、司法書士や弁護士に申立てを依頼すればその報酬も別途必要です。
後見人への報酬は売却後も毎年発生
初期費用の軽さと対照的なのが、後見人への報酬。
成年後見人が報酬を受け取るには、家庭裁判所への申立てと審判が必要になります。東京家庭裁判所の案内では、報酬付与の申立ては後見等事務報告を行う時期に合わせて行うよう求めています。つまり原則として毎年です。
最高裁判所事務総局は、令和7年7月から12月までの報酬付与申立事件を集計しています。親族以外の成年後見人で特別な事情の申出がなかった場合、流動資産500万円以上1,000万円未満の事件では、報酬付与額の80.6%が20万円台でした。流動資産100万円以上500万円未満でも20万円台が80.2%を占めています。
不動産の売却は「付加報酬」の対象になりうる特別の行為です。特別な事情の申出があった事件では、同じ流動資産500万円以上1,000万円未満で20万円台が57.9%、30万円台が21.6%、40万円台が6.0%でした。売却した年の報酬は、通常の年より高くなる傾向があります。
| 報酬付与額 | 特別な事情の申出なし | 特別な事情の申出あり |
|---|---|---|
| 10万円台 | 11.4% | 8.3% |
| 20万円台 | 80.6% | 57.9% |
| 30万円台 | 3.6% | 21.6% |
| 40万円台 | — | 6.0% |
※ 出典:最高裁判所事務総局家庭局「報酬に関する実情調査の集計結果について―令和7年7月~12月―」
※ 親族以外が成年後見人となり、流動資産が500万円以上1,000万円未満の事件が対象です。
見落とされやすいのは、この報酬が売却の年だけで終わらない点です。後見は本人が亡くなるまで続きます。専門職が後見人になれば、その後も毎年の報酬が親の財産から支払われていきます。実家を売って作った現金は、そこから少しずつ減っていく計算です。
報酬が発生するのは後見人だけとは限りません。申立てが認められた後見・保佐・補助開始事件のうち、成年後見監督人等が選任されたのは約3.4%でした。監督人がつけば、その報酬も別に必要です。
売却完了までのおおよその日程
費用の次は時間です。審理の期間は公表されています。
令和7年に審理が終わった成年後見関係事件42,674件のうち、2か月以内に終わったものが約71.1%、4か月以内が約93.8%でした。1か月以内が37.9%、1か月超2か月以内が33.2%です。鑑定が行われた場合でも、その期間は1か月以内が52.6%を占めました。審理そのものは、思ったより早く終わります。
後見人が決まった時点では、売却はまだ始まっていません。そこから媒介契約、売却活動、買主決定、許可申立て、決済と続きます。売却活動にどれだけかかるかは物件次第ですが、申立てから引渡しまで半年前後を見込んでおくと計画が立てやすくなります。
急いで現金が必要な事情があるなら、この時間の長さを前提に、施設との支払いスケジュールを先に相談しておくほうが安全です。
\ 半年前後かかるなら、今日から動く /
ここまでは、親の判断能力がすでに失われている場合の話です。まだ契約の内容を理解できる段階なら、後見を使わずに売れる方法があります。
認知症が進む前に選べる家族信託と任意後見
家族信託も任意後見も、親が契約の内容を理解できるうちにしか結べません。判断能力が失われた後では、法定後見しか残りません。
事前に備えておけば、家庭裁判所の許可を待たずに実家を売れる仕組みを作れます。毎年の報酬という負担も、設計次第では軽く済むはずです。使えるなら使ったほうがよい制度に見えるはずです。
ところが利用は広がっていません。令和7年12月末時点で、成年後見・保佐・補助・任意後見を合わせた利用者数は259,901人。このうち任意後見は2,833人にとどまります。任意後見監督人選任の申立ても令和7年で881件と、後見開始の29,233件と比べるとごくわずかでした。備えている家庭は、いまも例外に近い状況です。
家族信託で受託者が売却できる仕組み
家族信託は、親が持つ財産の名義を、管理する家族に移しておく契約です。名義を受け取った家族を受託者と呼びます。売却して得た代金は親のために使われるという前提で設計します。
登記上の名義が受託者に移るため、売却の際に親の意思確認は必要ありません。家庭裁判所の許可も要らないため、買主が決まってから決済までの流れが通常の売却と同じになります。
費用面では登録免許税がかかります。所有権の信託の登記は不動産の価額の1,000分の4が本則。土地については租税特別措置法72条により、令和11年3月31日までの間は1,000分の3に軽減されています。建物は本則のままです。
このほか信託契約書を公正証書で作る費用と、設計を依頼する専門家への報酬が必要になります。信託財産の額で変わるため、見積もりを取って比べてください。
任意後見契約で将来の代理人を決める
任意後見は、判断能力があるうちに「将来この人に任せる」と決めておく契約です。公正証書で結び、実際に判断能力が低下した段階で、家庭裁判所が任意後見監督人を選んで効力が生じます。
公証役場でかかる費用は次のとおりです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 公正証書作成手数料 | 1契約13,000円(3枚を超える分は1枚300円加算) |
| 収入印紙代 | 2,600円 |
| 登記嘱託手数料 | 1,600円 |
| 謄本等の作成手数料 | 電磁的記録1通2,500円/書面は枚数×300円 |
※ 出典:日本公証人連合会「任意後見契約」
本人が病床にあって公証人が出張する場合は、病床執務加算6,500円が加わり、1契約19,500円になります。日当と交通費も別途必要です。
任意後見人自身の報酬は、本人と受任者の話し合いで決めます。身内が引き受ける場合は無報酬とする例も多くあります。一方、任意後見監督人の報酬額を決めるのは家庭裁判所。本人の財産から支払われます。令和7年7月から12月までの集計も出ています。親族以外の任意後見監督人で特別な事情の申出がなかった場合、流動資産500万円以上1,000万円未満の事件では10万円台が74.8%でした。法定後見で20万円台が8割を占めるのと比べると、継続的な負担は軽くなります。
任意後見では、契約でどこまでの代理権を与えるかによって進め方が変わります。実家の売却を想定しているなら、その旨を契約時に伝えてください。
生前贈与で名義を移す場合の税負担
制度が複雑なら、先に子の名義にしておけばいい。そう考える方もいます。名義さえ移れば、後は自分の判断で売れるからです。
そのかわり、移す段階で税金がかかります。贈与による所有権移転登記の登録免許税は、不動産の価額の1,000分の20。相続による移転の1,000分の4と比べると5倍です。不動産取得税も、相続ではかからないのに対し、贈与では課税されます。標準税率は100分の4、住宅と土地については令和9年3月31日までの取得なら100分の3。宅地評価土地の課税標準は、令和9年3月31日までの取得であれば価格の2分の1になります。
最も大きいのが贈与税です。基礎控除額110万円を差し引いた後の課税価格に対し、10%から55%の累進税率がかかります。父母や祖父母から18歳以上の子や孫への贈与には特例税率を使います。1,000万円以下が30%(控除90万円)、1,500万円以下が40%(控除190万円)、3,000万円以下が45%(控除265万円)です。実家の評価額によっては、数百万円規模の負担になります。
後見人の報酬を避けるつもりが、それを上回る税金を先払いすることにもなりかねません。
家族信託と任意後見と法定後見の違い
3つの制度は、使える時期と裁判所の関わり方が違います。
| 比べる点 | 家族信託 | 任意後見 | 法定後見 |
|---|---|---|---|
| 契約できる時期 | 判断能力があるうち | 判断能力があるうち | 判断能力が低下した後 |
| 売却の手続き | 受託者が売る | 契約した代理権の範囲で | 後見人が売り家裁の許可が必要 |
| 家裁の関与 | 原則なし | 監督人が選任される | 選任と許可の両方 |
| 初期費用 | 信託財産の額で変動 | 公正証書13,000円ほか | 印紙800円+2,600円ほか |
| 継続費用 | 原則なし | 監督人の報酬 | 後見人の報酬 |
選ぶ基準は一つだけです。親がいま契約の内容を理解できるかどうか。理解できるなら家族信託と任意後見の両方が候補になり、理解できないなら法定後見しか残りません。判断を先送りするほど、選べる制度は減っていきます。
\ 実家の価値がわかれば制度を選びやすい /
どの制度を選んでも、売却が済んだ後には代金の管理と税金という問題が残ります。
認知症の親の家の売却で起こるトラブル
売却代金は親の財産であり、家族が自由に使えるお金ではありません。
無事に決済まで終われば一段落、と考えたくなります。ただし売却の後にこそ、想定していなかった問題が出てきます。買主との関係、代金の使い道、そして税金です。
買主から契約解除を求められるリスク
意思能力がない状態で結ばれた契約は無効です。取り消されることもあります。この効果は売主側だけの問題では終わりません。
民法120条1項は、行為能力の制限によって取り消せる行為について、取り消せる人を制限行為能力者本人、その代理人、承継人、同意できる者に限っています。売却の後に成年後見人が選任されれば、その後見人が過去の契約を取り消す立場に立つわけです。
買主にとっては、代金を払い、登記を移し、引っ越しまで済ませた後に契約が覆る事態です。買主側の不動産会社が意思確認に慎重なのは、この可能性を知っているから。手続きを正しく踏むことは、買主との関係を守ることでもあります。
売却代金を家族が自由に使えない理由
代金は親の口座に入り、後見人が管理します。施設費用に充てるために売ったのだから、自由に動かせると思われがちなところです。
民法858条が定める配慮義務は、財産の使い道にも及びます。使えるのは親のためだけです。
| 充てられる | 施設利用料、医療費、本人の生活費 |
|---|---|
| 充てられない | 子の生活費、住宅ローンの返済、孫の学費、相続を見越した生前の分配 |
後見人は毎年、家庭裁判所に事務報告と財産目録を提出し、使途はすべて記録に残ります。専門職が後見人になれば、家族の希望とぶつかる場面も出てきます。
譲渡所得税と介護保険の自己負担割合
売却して利益が出れば、譲渡所得税の対象です。ただしマイホームを売ったときには、所有期間の長短に関係なく譲渡所得から最高3,000万円まで控除できる特例が使えます。
後見人が手続きをしても、譲渡したのは親本人。判定も親を基準に行います。ここで効いてくるのが期限です。租税特別措置法35条2項2号は、居住の用に供されなくなった家屋について、「居住の用に供されなくなつた日から同日以後三年を経過する日の属する年の十二月三十一日までの間」に譲渡した場合を対象としています。
「その居住の用に供している家屋」とは何か。国税庁の通達は、その者が生活の拠点として利用している家屋と説明しています。施設に入って生活の拠点が移れば、その日から3年を経過する日の属する年の12月31日までが期限。後見の申立てに数か月、売却活動にさらに数か月かかることを考えると、3年という猶予は見た目ほど長くありません。
\ 3年の期限までに動き出す /
買主が誰かという点にも注意が要ります。租税特別措置法施行令20条の3第1項は、配偶者と直系血族、生計を一にする親族、譲渡後にその家屋に住む親族などを「特別の関係がある者」としています。後見人である子や、その配偶者へ売った場合、特例は使えません。
もう一つ気になるのが介護保険への影響です。売却益が所得として計算されれば、自己負担割合が上がるのではないか。この心配は自然なものですが、ただし条文はそこまで単純ではありません。
介護保険法施行令22条の2は、2割負担の基準を合計所得金額160万円、3割負担の基準を220万円と定めています。年金収入等の合計が単身で280万円、世帯に他の第1号被保険者がいる場合は346万円に満たなければ、2割の対象から外れる仕組み。さらに同条の括弧書きが、租税特別措置法による特別控除の適用がある場合には「当該合計所得金額から特別控除額を控除して得た額」で判定すると定めています。
3,000万円特別控除が使えれば、判定に用いるのは控除後の金額。売却したから必ず負担が上がる、というわけではありません。
適用できるかどうかは事案ごとに違います。売却の前に、税務署か税理士に確認してください。
まとめ
認知症の診断そのものが売却を止めるわけではありません。止まるのは、契約の意味を理解できなくなったときです。その段階に入っていれば、家族全員が賛成していても親名義の家は売れません。委任状も効きません。
進める道は残っています。後見開始の申立てと、居住用不動産の処分許可という二段階の手続きです。この二段目で家庭裁判所が見るのは、売る必要が本人にあるかどうかと、価格が妥当かどうか。だからこそ不動産業者が作成した査定書が必須書類に入っています。令和7年は審理の終わった10,256件のうち9,779件で許可が出て、却下は5件でした。書類を揃えて理由と価格を説明できれば、認められる可能性は高い手続きです。
見落としやすいのは費用の構造です。申立ての印紙は3,400円で済みますが、専門職が後見人になれば報酬が毎年発生し、親が亡くなるまで続きます。実家を売って作った現金は、そこから少しずつ減っていきます。
時間の制約も忘れないでください。施設に入って生活の拠点が移った日から3年を経過する日の属する年の12月31日を過ぎれば、3,000万円の特別控除は使えません。申立てに数か月、売却活動にさらに数か月かかることを踏まえると、動き出す時期そのものが手取り額を左右します。
実家がいくらで売れるか分からなければ、必要性の説明も価格の説明も組み立てられません。まずは無料の一括査定で複数社の査定額を確かめ、そこから逆算して手続きの計画を立ててみてください。
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よくある質問
認知症の親の不動産売却について、相談の場で特によく出る質問をまとめました。
認知症と診断されたら、親の家は必ず売れなくなりますか
いいえ。売却が止まるのは、契約の意味を理解できない状態になったときです。民法3条の2は、意思表示をした時に意思能力がなければその法律行為は無効になると定めています。診断名ではなく、契約した時点の判断能力が基準です。
軽度の認知症でも売買契約を結べますか
契約の内容を理解できる状態なら、本人が売主として契約できます。判断能力の低下が中程度なら保佐、軽度なら補助という制度もあり、この場合は本人が契約し、保佐人や補助人が同意する形になります。医師の診断を受けたうえで進めてください。
親の委任状があれば、子どもが代わりに売却できますか
判断能力が失われた後に作成した委任状は効力を持ちません。委任状は本人が内容を理解して作れる状態であることが前提です。判断能力が残っているうちに作った委任状でも、決済時に本人の意思確認ができなければ手続きは進みません。
成年後見人は親族でもなれますか
なれます。ただし令和7年に選任された成年後見人等のうち、親族は16.4%にとどまりました。親族以外が83.6%で、司法書士が33.5%、弁護士が24.9%、社会福祉士が20.4%です。誰を選ぶかは家庭裁判所が判断します。
施設に入居した後の実家も、居住用不動産として許可が必要ですか
必要になる場合があります。長年の生活の本拠だった家であれば、空き家になっていても居住用不動産として扱われることがあります。運用は管轄の家庭裁判所によって幅があるため、申立ての前に確認してください。
売却代金を子どもの生活費や葬儀費用に使えますか
使えません。代金は親の財産であり、民法858条により後見人は本人の生活と療養看護に配慮して管理する義務を負います。使途は毎年の事務報告と財産目録で家庭裁判所に報告されます。
不動産を売却すると、介護保険の自己負担割合は上がりますか
必ずしも上がるわけではありません。介護保険法施行令22条の2は、租税特別措置法による特別控除の適用がある場合、合計所得金額から特別控除額を控除した額で判定すると定めています。3,000万円特別控除が使えれば、控除後の金額で判断されます。適用できるかどうかは、税務署か税理士に確認してください。
出典
- e-Gov法令検索 民法(現行法令)
- e-Gov法令検索 不動産登記法(現行法令)
- e-Gov法令検索 司法書士法(現行法令)
- e-Gov法令検索 租税特別措置法(現行法令)
- e-Gov法令検索 租税特別措置法施行令(現行法令)
- e-Gov法令検索 登録免許税法(現行法令)
- e-Gov法令検索 地方税法(現行法令)
- e-Gov法令検索 介護保険法施行令(現行法令)
- 最高裁判所事務総局家庭局 成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―(公表日:2026-03)
- 最高裁判所事務総局家庭局 報酬に関する実情調査の集計結果について―令和7年7月~12月―(調査対象:令和7年7月~12月)
- 最高裁判所事務総局 令和7年 司法統計年報 3 家事編(公表日:2026-06)
- 裁判所 後見開始
- 東京家庭裁判所 居住用不動産処分の許可の申立てについて(様式改定:2024-10)
- 東京家庭裁判所後見センター 報酬付与の申立てについて(様式改定:2025-04)
- 国税庁 No.3302 マイホームを売ったときの特例(令和7年4月1日現在法令等)
- 国税庁 No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)(令和7年4月1日現在法令等)
- 国税庁 租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて 31の3-2(発出日:1971-08-26)
- 厚生労働省 認知症施策推進基本計画(閣議決定日:2024-12-03)
- 日本公証人連合会 任意後見契約
