親が施設に入って空き家になった実家。名義は受託者である自分に変わっているのに、売ってよいものか判断がつきません。
信託した不動産は、受託者が一人で売れます。親の署名も家庭裁判所の許可も不要です。信託法26条が、受託者に信託財産を処分する権限を認めています。
ただしこの権限は信託契約で制限でき、実際に売れるかどうかは信託目録の書き方で決まります。
この記事では、受託者が売れる根拠と信託目録の確認点、売却の手順、税金と期限、受託者が避けるべき進め方を順に説明します。
- 単独で売れる受託者の根拠
- 契約書で確認する3か所
- 買主が警戒する取消しリスク
- 3,000万円控除の期限
- 売却後も続く信託の扱い
※本記事の情報は2026年10月時点のものです。
\6年連続 不動産査定サイト認知度No.1/
※2025年9月19日-23日 「サイト評価に関する調査」より
信託した不動産を売れるのは受託者
信託した不動産を売る相手方と契約を結ぶのは、受託者になった子どもです。
委託者である親は、契約書に署名しません。
登記簿を取り寄せると、所有者の欄には受託者である自分の名前が載っています。同じ登記簿には「信託」の文字が並び、信託目録という別紙も付いてきます。
名義を持っていることと、売る権限を持っていることは、別々に判断されるのです。
信託に関する登記は、令和7年の1年間で土地22,995件、建物4,571件ありました。10年前の平成28年は土地4,520件、建物997件です。
商事信託を含む全体の数字ではあるものの、不動産を信託に入れる手続きは珍しいものではなくなりました。
受託者に処分の権限を認める信託法26条
条文はこう書いています。
受託者は、信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をする権限を有する。ただし、信託行為によりその権限に制限を加えることを妨げない。
前半が原則です。受託者には、信託財産を管理する権限と処分する権限があります。処分には売却が含まれますから、実家を信託財産にしていれば、受託者は売る権限を持っています。
問題は後半のただし書です。「信託行為によりその権限に制限を加えることを妨げない」とあります。信託行為とは、この場合は親と子が結んだ信託契約のことです。法律が与えた権限を、契約の側で狭められます。
家族信託の解説で「契約書次第」と言われるのは、このただし書があるからです。法律の原則だけを見れば売れます。契約書に制限が書かれていれば、その範囲でしか動けません。
つまり26条を読んだだけでは、自分の家が売れるかどうかは分からないままです。
親の判断能力が落ちても止まらない売却
受託者が単独で動けることは、親の判断能力が落ちたあとに意味を持ちます。信託をしていなければ、判断能力が落ちた親の実家を売るには成年後見制度を使うことになり、家庭裁判所の手続きが加わります。
65歳以上の認知症の高齢者数は、令和4年時点で443.2万人(有病率12.3%)と推計されています。令和22年には584.2万人(有病率14.9%)になる見込みです。
軽度認知障害(MCI)の高齢者は、令和4年時点で558.5万人です。
親の判断能力が失われたあと、信託を使っていない実家を売るには成年後見制度に頼ることになります。ただし民法859条の3が、居住用の建物と敷地の売却には家庭裁判所の許可を求めています。信託にはこの許可の手続きがありません。
もうひとつの違いは、財産を管理する人を誰が決めるかです。成年後見人等は家庭裁判所が選び、申立てをした子どもが選ばれるとは限りません。
令和7年の1年間に選ばれた成年後見人等は、親族が7,014件(約16.4%)、親族以外が35,718件(約83.6%)でした。親族以外の内訳は、司法書士11,966件、弁護士8,903件、社会福祉士7,280件などです。
同じ年の終局事件のうち、約36.3%にあたる15,502件で、申立ての動機に「不動産の処分」が含まれていました(動機は複数回答)。実家を売るために後見制度を使う家庭が、それだけあります。その場合は家庭裁判所の許可を取り、選ばれた後見人等と相談しながら進めることになります。
成年後見制度そのものも見直されます。令和8年6月に成立した民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)は、後見と保佐を廃止して補助に一元化する内容です。施行は公布の日(令和8年6月24日)から2年6か月以内の政令で定める日で、それまでは現行の制度が使われます。改正後も、代理権を付与された補助人が本人の居住用の建物や敷地を売るには、家庭裁判所の許可が必要です(改正後の民法876条の13)。
信託を組んでいれば、この2つの手順をどちらも通らずに済みます。
| 比較する点 | 家族信託 | 成年後見制度(法定後見) |
|---|---|---|
| 売主になる人 | 受託者 | 成年後見人 |
| 家庭裁判所の許可 | 不要 | 居住用不動産は必要 |
| 財産を管理する人の決め方 | 契約で親が指定 | 家庭裁判所が選任。親族が選ばれたのは約16.4%(令和7年) |
| 開始までの期間 | — | 終局事件の約71.1%が2か月以内(令和7年) |
※ 上の数字は出典も母集団も異なります。どちらの利用が多いかを比べる目的ではなく、手続きの通り方の違いを見るために並べました。
不動産そのものを売る方法と受益権を売る方法
信託した不動産を現金に換える方法は2つあります。ただし実家を売る場面で現実に使えるのは、ほぼ一方だけです。
ひとつは不動産そのものを売る方法です。受託者が売主として買主と売買契約を結び、所有権を移します。実家を売るときに使うのは、ほとんどこちらです。
もうひとつは受益権を売る方法です。不動産の名義は受託者のまま動かさず、受益者が持っている権利を第三者に譲る形になります。所有権移転の登記はしません。
ただし受益権の買い手は限られます。信託の仕組みを理解したうえで買う相手が必要になるからです。個人が住むための実家では、受益権の買い手を見つけるのは難しくなります。
\ 受託者のまま売れます。まずは価格から /
売却できるかどうかを決める信託契約書
売れるかどうかは、信託契約書と信託目録に何が書かれているかで決まります。
手元の契約書を読み返すだけでは足りません。確認する場所は3か所です。
信託目録で確かめる受託者の権限
契約書は当事者しか持っていない書類です。これに対して信託目録は、登記事項証明書を取れば誰でも読めます。買主も仲介会社も、まずこちらを見ます。
売却を相談する前に、受託者自身も信託目録を取り寄せて内容を確認してください。
信託目録は、登記事項証明書に付いてくる別紙です。不動産登記法97条1項が、そこに記録する事項を列挙しています。
- 委託者、受託者及び受益者の氏名又は名称及び住所
- 受益者の指定に関する条件又は受益者を定める方法の定めがあるときは、その定め
- 信託管理人があるときは、その氏名又は名称及び住所
- 受益者代理人があるときは、その氏名又は名称及び住所
このほか、信託の目的、信託財産の管理方法、信託の終了の事由、その他の信託の条項も登記事項です(同項8号〜11号)。受託者に売却の権限があるかどうかは、信託目録の「信託条項」の欄を読めば分かります。
法務局で登記事項証明書を取るときは、窓口の請求書に「信託目録を含む」旨のチェック欄があります。ここを入れ忘れると目録が付いてこないため、注意してください。オンライン請求でも同じ選択肢が用意されています。
なお名義がまだ親のままだったり、相続で共有になっている不動産を売る場面は事情が変わります。その場合は相続登記が済んでいない不動産の売却の記事を参照してください。
受益者や信託監督人の同意条項
信託条項に売却の権限が書かれていても、そこで終わりではありません。「受益者の同意を得て」「信託監督人の書面による承諾を要する」といった条件が付いていることがあります。
同意条項があると、受託者のほかに同意する人の署名が必要になります。受益者である親に判断能力があるうちは、本人の同意で足ります。判断能力が落ちたあとに同意を求める設計になっていると、そこで手続きが止まりかねません。
受益者代理人が指定されているかどうかも、あわせて確認しておきたい点です。
信託目録に受益者代理人や信託監督人の氏名が載っているなら、その人に早めに連絡を取ってください。売却の話が具体化してから初めて連絡すると、日程の調整だけで数週間かかることがあります。
抵当権が残っている不動産の扱い
抵当権は、信託しても消えません。住宅ローンを完済していない実家を信託に入れていれば、担保はそのまま登記簿に残っています。
抵当権が付いた不動産を売るには、決済のときに残っているローンを一括で返し、抵当権を消す必要があります。これは信託であってもなくても同じです。ただし信託の設定時点で金融機関の承諾が必要になっていることが多く、売却の段階でも改めて相談が求められる場合があります。
金融機関ごとに扱いが違うため、残債があるなら早い段階で担当窓口に連絡してください。手順の全体像はローンが残っている家を売る方法にまとめています。
\ 書類が揃ったら、次は価格の確認 /
信託不動産を売却するまでの手順
信託した不動産を売る流れは、通常の売却とほぼ同じ6段階で進みます。
手続きそのものに特別なものはありません。それなのに査定の段階で話が止まることがあります。原因は、持って行く書類にあります。
| 段階 | 動く人 | 用意するもの |
|---|---|---|
| 1. 査定の依頼 | 受託者 | 登記事項証明書(信託目録付き)、信託契約書 |
| 2. 媒介契約 | 受託者と不動産会社 | 受託者の本人確認書類 |
| 3. 売買契約 | 受託者と買主 | 実印、印鑑証明書 |
| 4. 決済・引渡し | 受託者と買主 | 鍵、権利証または登記識別情報 |
| 5. 登記 | 司法書士が代理 | 所有権移転と信託登記抹消の書類 |
| 6. 代金の入金 | 受託者 | 信託口口座の情報 |
査定の依頼時に用意する書類
査定を頼む前に、2つの書類を手元に揃えてください。
ひとつは信託目録付きの登記事項証明書です。もうひとつは信託契約書、公正証書で作っているならその正本または謄本です。この2点があれば、不動産会社は受託者に売却の権限があるかどうかをその場で判断できます。
書類を出さずに「家族信託をしているんですが」とだけ伝えると、話がそこで止まりやすくなります。担当者は権限の有無を確かめられないまま、社内に持ち帰ることになるからです。逆に最初から2点を見せると、通常の査定と同じ速さで進むことがほとんどです。
査定を依頼する時期にも目安があります。すぐに売る予定がないとしても、親が施設に入った段階で一度は相場を確かめておくと、あとの判断が早くなります。税金の特例には、親が住まなくなった日から数える期限があるからです。
信託不動産を扱った経験は会社によって差があります。1社に断られただけで、売れない物件だと決めつけないでください。
\ 1社に断られても、次の会社があります /
受託者の名前で結ぶ媒介契約
媒介契約を結ぶのは受託者です。契約書の依頼者欄には、受託者としての立場が分かる形で署名します。仲介手数料の上限は、信託した不動産でも通常の売却と変わりません。
ここで受託者に関わってくるのが、信託法29条2項の善管注意義務です。条文は「受託者は、信託事務を処理するに当たっては、善良な管理者の注意をもって、これをしなければならない」と定めています。相場を確かめないまま安値で売ると、この義務に反したと言われかねません。
査定を複数社から取ることは、義務を果たした記録にもなります。
仲介手数料の上限を決めているのは、国土交通省の告示です。売買の媒介では、代金を3つに区分して割合を掛け、その合計が上限になります。
| 代金の額の区分 | 上限の割合 |
|---|---|
| 200万円以下の部分 | 5.5% |
| 200万円を超え400万円以下の部分 | 4.4% |
| 400万円を超える部分 | 3.3% |
※ 割合には消費税等相当額が含まれます。上限であって、必ずこの額になるわけではありません。
告示の第十一①には「第二から第十までの規定によるほか、報酬を受けることができない」とあります。依頼者が依頼した広告の料金を除けば、不動産会社は上限を超える額も、別の名目の報酬も受け取れないということです。信託した不動産だから料率が変わるという定めもありません。
売買代金が800万円以下の物件には別の定めがあります。告示第七の「低廉な空家等の売買又は交換の媒介における特例」です。この場合、媒介に要する費用を勘案したうえで、通常の計算を超える報酬を受け取れます。
ただし依頼者から受ける額は「三十万円の一・一倍に相当する金額」、つまり33万円を超えてはなりません。上限を定めたもので、800万円以下なら必ずこの額になるという規定ではありません。
売買契約から決済までの流れ
施設にいる親を、契約の場に連れて行く必要はありません。売買契約の当日、契約書に署名するのは受託者だけです。
決済も同じです。買主、買主側の金融機関、司法書士、不動産会社が集まる場に、受託者が出ます。親の同席も、親からの委任状も要りません。信託契約を結んだ時点で、権限はすでに受託者に移っているからです。
信託契約に管理と処分の権限があり、制限が書かれていなければ、測量や境界の確定、古い家屋の解体も受託者の判断で進められます。処分の準備として、権限の範囲に入るからです。
所有権移転および信託登記の抹消
信託した不動産を売るときは、決済当日に申請する登記が通常の売買より1つ多くなります。
不動産登記法104条1項には、信託財産でなくなった不動産について「信託の登記の抹消の申請は、当該権利の移転の登記若しくは変更の登記又は当該権利の登記の抹消の申請と同時にしなければならない」とあります。買主への所有権移転と信託登記の抹消を、同じタイミングで申請するということです。
登記の目的欄には「所有権移転及び信託登記抹消」と並んで記載されます。
同条2項には「信託の登記の抹消は、受託者が単独で申請することができる」とあります。買主の協力を待たずに、受託者の側で抹消の手続きを進められます。信託の設定時も同じで、98条2項が信託の登記を受託者の単独申請で認めています。
実務では司法書士が代理して申請するため、受託者が法務局に出向くことはほとんどありません。ただし委任状には受託者として署名するため、肩書の書き方を司法書士に確認しておいてください。
通常の不動産売却と違う3つの点
違いは、契約書の書き方、代金の入金先、確定申告をする人の3つに集約されます。
3つとも、誰の名前で何をするかという話です。
売買契約書に書く受託者という肩書
売主が自分だからと、契約書に自分の氏名だけを書いて署名すると、あとで困ることがあります。売主欄には、受託者としての立場が分かる形で記載します。
一般的には「委託者〇〇 受託者〇〇」のように、二段で書く形です。登記の申請書も同じで、権利者と義務者の表示に受託者である旨が入ります。この書き方をしておくと、買主にも登記官にも、個人の財産を売っているのではないことが伝わります。
肩書を省いて個人名だけで契約すると、あとで誰の財産を売ったのかが不明確になりかねません。契約書の草案を受け取ったら、売主欄の表記を必ず確認してください。
売却代金の入金先は信託口口座
売却代金をいったん自分の口座で受け取り、そこから親の費用を払っていく。手間としてはこれがいちばん簡単に見えます。ただ、この受け取り方はできません。
信託法34条1項は、受託者に分別管理の義務を課しています。不動産のように登記できる財産は信託の登記で分け、それ以外の財産も受託者個人の財産と区別して管理します。不動産を信託登記で分けているのと同じように、売却代金も信託財産として分けて管理します。
そのために使うのが信託口口座です。名義は「委託者〇〇 受託者〇〇」の形になり、受託者個人の預金とは別に扱われます。売却代金はこの口座に入金し、そこから親の施設費や医療費を払っていく流れです。
信託口口座を扱っているかどうか、開設の条件は金融機関ごとに違います。公正証書で作った信託契約書を求められることが多く、事前の審査に時間がかかる場合もあります。信託を組む段階で口座の開設まで済ませておくのが安全です。
固定資産税の扱いも押さえておいてください。地方税法343条2項には、所有者とは「登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者(中略)として登記又は登録がされている者をいう」とあります。信託後の登記名義は受託者ですから、固定資産税の納税通知書は受託者に届きます。支払いは信託口口座から行います。
確定申告をするのは受益者である親
契約書に署名したのは自分です。それでも、確定申告書を出すのは親になります。売主と申告者が食い違うのは、信託した不動産を売ったときの大きな特徴です。
その理由を定めているのが、所得税法13条1項です。信託の受益者は、信託財産に属する資産と負債を有するものとみなされ、信託財産に帰せられる収益と費用は受益者の収益と費用とみなされます。売却で生じた譲渡益は、受託者ではなく受益者である親の所得です。
長期譲渡所得(所有期間5年超)の税率は、所得税15%と住民税5%です。所得税には上乗せがあり、令和8年分までは基準所得税額の2.1%の復興特別所得税がかかります。令和9年分以後は復興特別所得税1.1%と防衛特別所得税1%に分かれますが、合計は2.1%のまま変わりません。所有期間が5年を超えるかどうかは、譲渡した年の1月1日現在で判定します。
受託者にも、税務署に出す書類があります。信託会社以外の受託者は、「信託の計算書」と合計表を翌年1月31日までに提出します(所得税法227条)。受益者ごとの信託財産に帰せられる収益の額の合計が3万円以下の年は、提出しなくてかまいません(所得税法施行規則96条2項)。売却した年の扱いは、親の確定申告とあわせて税理士に確認してください。
親の判断能力が落ちている場合、誰がどう申告するかという問題が出てきます。成年後見人が選任されていればその人が行いますが、信託だけを使っていて後見人がいない状態では、実務上の対応を税理士に相談する必要があります。
\ 売主は受託者のまま。手続きは進みます /
不動産会社や買主が慎重になる理由
買主が警戒しているのは、売買そのものがあとから取り消されることです。
断られたとき、担当者が信託に詳しくないせいだと考えると対応を誤ります。慎重になるだけの根拠が、信託法27条にあります。
権限を超えた売買が取り消される可能性
条文はこうです。
受託者が信託財産のためにした行為がその権限に属しない場合において、次のいずれにも該当するときは、受益者は、当該行為を取り消すことができる。一 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が信託財産のためにされたものであることを知っていたこと。二 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が受託者の権限に属しないことを知っていたこと又は知らなかったことにつき重大な過失があったこと。
読み解くとこうなります。受託者が権限の範囲を超えて売った場合、一定の条件がそろえば、受益者はその売買を取り消せます。条件は2つで、どちらも買主の側の事情です。
信託財産の売買だと知っていたこと。そして受託者に権限がないと知っていたか、知らなかったことに重大な過失があったこと。
取り消されるのは、買主が結んだ売買契約です。代金を払って引渡しを受けたあとに、売買がなかったことにされる可能性があります。買主にとっては重い話ですし、仲介した不動産会社も無関係ではいられません。
だから買主側は、受託者に本当に売る権限があるかを確かめようとします。信託不動産の取引が慎重に進むのは、担当者の勉強不足のせいではありません。条文がそういう構造になっているからです。
この理由が分かっていると、対応の仕方も変わります。権限を証明する書類を先に出せば、相手の不安はその場で解けます。
買主に示しておきたい3つの書類
信託法27条が問題にしているのは、買主が何を知っていたかという点でした。裏を返せば、買主に「知らなかった」と言わせない状態を作れば、取り消しの心配は薄くなります。そのために用意するのが、次の3点です。
| 書類 | 見せる目的 |
|---|---|
| 信託目録付きの登記事項証明書 | 登記上の受託者の権限を示す |
| 信託契約書の公正証書(正本または謄本) | 契約書の条項そのものを確認してもらう |
| 受託者本人の本人確認書類 | 署名する人が目録に載っている受託者と同じだと示す |
3点が揃えば、買主側は受託者の権限を書類で確かめられます。売却の話を進める前に揃えておくと、買付が入ってから慌てずに済みます。
公正証書で作っていない信託契約の場合は、契約書の原本と、司法書士が関与した経緯を説明できる資料を添えてください。
信託の取り扱いに慣れた会社の探し方
不動産会社を選ぶときは、査定額よりも先に確認したいことがあります。信託不動産の売買を扱った経験があるかどうかです。
査定の依頼をするときに「家族信託の受託者として売却を考えている」と伝え、反応を見てください。経験のある会社なら、その場で信託目録の提示を求めてきます。経験がない会社では、社内で確認してから回答することになり、返事までに時間がかかります。
1社ずつ順番に当たると、断られるたびに時間だけが過ぎていきます。複数の会社にまとめて査定を依頼し、対応の速さと信託への慣れを同時に比べるほうが効率的です。査定額の高さだけで選ぶと、契約後に信託の手続きでつまずくことがあります。
査定額の根拠を説明できるかどうかも見ておきたい点です。近隣の成約事例を示しながら価格の理由を話せる担当者なら、受託者として親族に経緯を伝えるときの材料にもなります。受託者には善管注意義務がありますから、価格の根拠を残しておく意味は小さくありません。
\ 信託に慣れた会社を比べて選ぶ /
信託した不動産の売却でかかる税金
信託しているからといって、税金が特別に重くなることはありません。
ただし使える特例と使えない特例が分かれます。
3,000万円の特別控除を使える条件
名義が子どもに移っていても、マイホームを売ったときの3,000万円特別控除は、信託した実家で使える余地があります。
所得税法13条1項によって、信託財産は受益者である親が持っているものとみなされるからです。親のマイホームを売ったという構図になるため、租税特別措置法35条の要件を満たせば控除の対象になります。この特例は、所有期間の長短に関係なく、譲渡所得から最高3,000万円まで控除できるものです。
対象になるのは、現に自分が住んでいる家屋か、以前に住んでいた家屋です。後者には期限が付いています。
所有期間が10年を超えていれば、軽減税率の特例も検討できます。3,000万円の特別控除と軽減税率の特例は、重ねて受けられます。所有期間の条件は、売った年の1月1日において家屋と敷地のどちらも10年を超えていることです。
なお適用の可否は個別の事情で変わります。親子や夫婦など特別の関係がある人に売った場合は対象外になるなど、除外規定もあります。売却の前に税理士か所轄の税務署に確認してください。
施設入所から3年という期限
親が住まなくなった実家には、期限が付いています。
租税特別措置法35条2項2号には、以前住んでいた家屋の譲渡について「これらの居住用家屋が当該個人の居住の用に供されなくなつた日から同日以後三年を経過する日の属する年の十二月三十一日までの間にした場合」とあります。親が住まなくなった日から3年を経過する日が属する年の年末までに売らなければならないということです。
たとえば親が2024年5月に施設へ入所したとします。3年を経過する日は2027年5月ですから、その日が属する年の12月31日、つまり2027年12月31日が期限です。
この日までに売買契約を済ませていないと、3,000万円の特別控除は使えなくなります。
施設に入ったあと、実家をどうするか決めかねているうちに数年が過ぎることは珍しくありません。令和5年の住宅・土地統計調査では、空き家は900万2千戸、空き家率は13.8%でした。うち一戸建は352万3千戸で、その80.9%にあたる285万1千戸が「賃貸・売却用及び二次的住宅を除く空き家」です。
使うあてもなく、売りにも貸しにも出されていない家がそれだけあります。
期限を意識せずに空き家のままにしておくと、控除の枠を丸ごと失います。信託を組んでいれば受託者の判断で動けるのですから、期限から逆算して査定の時期を決めてください。
\ 3年の期限、逆算できていますか /
親が亡くなったあとに売る場合の空き家特例
親の生前ではなく、相続後に売る場合は結論が変わります。相続税と所得税で、扱いが一致しないためです。
まず相続税の話です。相続税法9条の2第4項に、受益者等の存する信託が終了した場合の定めがあります。残余財産を受け取る人がいるとき、その人は残余財産を受益者等から遺贈により取得したものとみなされます。
この受け取り手が帰属権利者で、信託契約であらかじめ決めておく人です。親の死亡で信託が終わり、帰属権利者として実家を受け取れば、相続税の対象です。
所得税の空き家特例(措置法35条3項)では、同じようには扱われません。令和4年12月20日の東京国税局の文書回答事例が、この点を扱っています。信託契約にもとづき、委託者兼受益者の相続開始で信託が終了し、残余財産を帰属権利者が取得した場合の照会です。
回答は、措置法35条3項の「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」に該当するとは認められない、というものでした。したがって特例の適用を受けることはできません。
理由も示されています。ひとつは、措置法35条3項が、措置法39条のように相続税法のみなし規定を対象に含む旨を規定していないことです。もうひとつは、立場の違いです。
回答は、この特例の趣旨にも触れています。相続人は相続により、その意思の如何にかかわらず被相続人居住用家屋等の適正管理の責任を負うことになる、という点を踏まえた制度だという説明です。これに対し、信託行為の当事者ではない帰属権利者は、信託法183条3項によって権利を放棄できます。
一方で、取得費と取得時期は引き継げるという扱いです。国税庁の質疑応答事例が、信託の終了で帰属権利者が残余財産を取得した場合を扱っています。回答は、被相続人から相続または遺贈により取得したものとして所得税法60条1項1号が適用される、というものです。
親の所有期間を通算できるため、長期譲渡や軽減税率の判定で不利にはなりません。
つまり特例ごとに結論が分かれます。相続税は課され、取得費は引き継げる一方で、空き家特例だけが使えません。
なおこの回答は東京国税局としての見解であり、事前照会者の申告内容等を拘束するものではないと明記されています。個別の事情で結論が変わりうるため、相続後の売却を考えているなら税理士か所轄の税務署に確認してください。相続が発生したあとの売却手続き全体は相続した不動産を売却する流れにまとめています。
損益通算が認められない不動産所得
信託を選んだことで不利になる場面が、ひとつあります。実家ではなく、賃貸物件を信託している場合です。
特定受益者に該当する個人について定めを置いているのが、租税特別措置法41条の4の2第1項です。信託から生ずる不動産所得があり、その年に信託による不動産所得の損失が出たときの扱いを決めています。条文は、その損失に相当する金額を「生じなかつたものとみなす」としています。
特定受益者とは、所得税法13条1項の受益者のことです。
赤字がなかったことにされるため、給与所得など他の所得と相殺できません。信託していないアパートなら損益通算できる赤字が、信託に入れた途端に使えなくなります。修繕費がかさむ年や、減価償却が大きい物件では影響が出ます。
ここで扱っているのは不動産所得、つまり家賃収入にかかる話です。売却したときの譲渡所得とは別のものですから、混同しないでください。信託した収益物件を売るかどうか迷っている段階なら、この制限も判断材料に入れておいてください。
登記にかかる登録免許税
信託をすると、設定のときと売却のときの2回、登記を申請します。登録免許税の税率も計算の単位も、場面によって変わります。
| 場面 | 課税標準 | 税率・税額 |
|---|---|---|
| 信託設定時(土地の所有権の信託の登記) | 不動産の価額 | 1,000分の3 |
| 信託設定時(建物の所有権の信託の登記) | 不動産の価額 | 1,000分の4 |
| 売却時(土地の売買による所有権移転) | 不動産の価額 | 1,000分の15 |
| 売却時(建物の売買による所有権移転) | 不動産の価額 | 1,000分の20 |
| 売却時(信託登記の抹消) | 不動産の個数 | 1個につき1,000円 |
土地の1,000分の3と1,000分の15は、租税特別措置法72条による軽減後の税率です。適用期間は令和11年3月31日まで。建物の信託登記にはこの軽減がなく、本則の1,000分の4です。
信託登記の抹消は、不動産の個数で計算します。土地1筆と建物1棟なら1,000円が2つで2,000円です。同じ申請書で20個を超える不動産の抹消を受ける場合は、申請件数1件につき2万円になります。
売買による所有権移転の登録免許税は、一般に買主が負担する慣行です。法令に負担者の定めはないため、誰が払うかは契約で決めます。
信託を設定する時点の不動産取得税は、かかりません。地方税法73条の7第3号が、委託者から受託者に信託財産を移す場合の不動産の取得に対して、不動産取得税を課することができないと定めているからです。名義が子どもに移っても、この段階では税金がかかりません。
受託者が避けるべき売却の進め方
買い手が見つからないからといって、受託者が自分で買い取ることはできません。
信託法が正面から禁じています。
受託者本人への売却が禁じられる理由
信託法31条1項1号は、受託者がしてはならない行為として、こう挙げています。
信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を固有財産に帰属させ、又は固有財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を信託財産に帰属させること。
固有財産とは、受託者個人の財産のことです。信託財産である実家を、自分の財産にする行為が禁じられています。相場より高く買うつもりであっても、原則として認められません。
背景には忠実義務があります。信託法30条の忠実義務は「受託者は、受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない」という定めです。売主と買主を一人で兼ねると、価格を決める立場と払う立場が同じ人になり、受益者の利益を守れているかを外から確かめられなくなります。
ただし同条2項には例外が置かれています。信託行為に許容する定めがある場合や、受益者に重要な事実を開示して承認を得た場合などです。禁止が絶対というわけではありませんが、判断は司法書士や弁護士に相談してください。
税務の面でも不利になります。3,000万円特別控除は、親子や夫婦など特別の関係がある人に売った場合は使えません。生計を一にする親族や、売却後にその家で同居する親族も、特別の関係がある人に含まれます。
仮に信託法上の要件を満たしても、控除が使えなくなりかねません。
売却しても信託契約は終わらない
不動産を売っても、信託は終わりません。
信託が終わるのは、信託行為に定めた終了事由が起きたときです。多くの家族信託では、委託者である親の死亡が終了事由になっています。不動産を売って現金に換えても、その現金は信託財産のままです。信託法34条1項の分別管理義務も続きますから、売却代金は信託口口座で管理していきます。
受託者の仕事も終わりません。親の施設費や医療費の支払い、帳簿の作成、受益者への報告といった事務が残ります。不動産という管理対象が現金に置き換わっただけです。
売却後に信託をどうするかを決めたい場合は、契約書の終了事由と、合意で終了できる定めがあるかを確認してください。信託を終わらせると、残った現金の帰属先が問題になります。ここは司法書士に相談する場面です。
信託が1年で終了してしまうケース
意図せず信託が終わってしまう定めがあります。
信託が終了する場合のひとつとして、信託法163条2号が挙げているのが「受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が一年間継続したとき」です。受託者と受益者が同じ人になり、その状態が1年続くと、信託は自動的に終了します。
たとえば親が亡くなり、受託者である子どもが第二受益者になったとします。ほかに受益者がいなければ、受託者と受益者は同一人物。この状態を1年放置すると、信託が終わります。相続の手続きに時間がかかっているうちに、期間が過ぎてしまうことがあります。
受益者が変わったときは、日付を控えて司法書士に連絡してください。信託を続けるなら、受託者を変えるか、受益者を追加するといった対応が必要になります。
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まとめ
信託した不動産を売る場面で押さえておきたいのは、次の4点です。売主として契約を結ぶのは受託者であり、親の署名も家庭裁判所の許可もいりません。実際に売れるかどうかは、信託目録に記録された処分の権限と同意条項で決まります。
売却代金は信託口口座で受け取り、譲渡所得の申告義務は受益者である親に残ったままです。親が住まなくなってから3年を経過する日の属する年の12月31日という期限があるため、判断を先延ばしにすると3,000万円の特別控除を使えなくなります。
まずは信託目録付きの登記事項証明書と信託契約書を手元に揃えて、複数の不動産会社に査定を依頼してみてください。信託への慣れは会社によって差があります。1社の反応だけで、売れる物件かどうかを判断しないことです。
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よくある質問
信託した不動産の売却について、受託者から寄せられることの多い疑問をまとめました。
信託契約書に不動産の売却について書かれていない場合はどうなりますか。
信託法26条は、受託者に管理と処分の権限を原則として認めています。売却の記載がなくても、信託の目的から売却が必要だと読み取れれば、権限の範囲内と解釈できる場合があります。ただし判断が分かれる論点です。買主や仲介会社が慎重になることも予想されるため、契約書を司法書士に見せて意見をもらってから動いてください。
家族信託した実家を売るとき、親本人の同意は必要ですか。
信託契約に受益者の同意を求める条項がなければ、必要ありません。受託者が単独で売買契約を結べます。ただし信託目録に同意条項が記録されていることがあるため、まず登記事項証明書で確認してください。受益者代理人や信託監督人が指定されている場合は、その人の関与が必要になります。
住宅ローンが残っている家を家族信託して売却できますか。
抵当権は信託しても消えません。売るには決済時に残債を一括で返し、抵当権を抹消する必要があります。この点は信託でもそうでなくても同じです。ただし信託の設定時に金融機関の承諾を求められていることが多く、売却の段階でも相談が必要になる場合があります。扱いは金融機関ごとに違うため、残債があるなら早めに窓口へ連絡してください。
家族信託と成年後見制度では、どちらが不動産を売りやすいですか。
手続きの通りやすさで言えば信託です。成年後見では、民法859条の3により居住用の建物と敷地の売却に家庭裁判所の許可が必要になります。信託にはこの手続きがありません。また令和7年に親族が成年後見人等に選ばれたのは約16.4%で、親族以外が約83.6%でした。申立てをした家族が財産を管理できるとは限りません。なお成年後見制度は、令和8年6月に成立した改正法により補助に一元化される予定です。後見制度には身上保護という役割もあり、売却のしやすさだけで選ぶものではありません。
売却代金を受託者が自分名義の口座で受け取ってもよいですか。
できません。信託法34条1項が受託者に分別管理の義務を課しており、信託財産と受託者個人の財産を分けて管理する必要があります。売却代金は信託口口座に入金してください。個人口座に入れてしまうと、どこまでが信託財産か分からなくなり、受益者や他の相続人との間で争いになりかねません。
家族信託の30年ルールは不動産の売却に影響しますか。
売却の可否には影響しません。信託法91条が定めているのは、受益者の死亡によって次の人が受益権を取得する仕組みを使ったとき、その承継がいつまで続くかという期間の制限です。信託そのものが30年で終わるという規定ではありませんし、不動産を売れるかどうかとも別の論点になります。
出典
- e-Gov法令検索「信託法(平成18年法律第108号)」(施行日:2026年6月24日)
- e-Gov法令検索「不動産登記法(平成16年法律第123号)」(施行日:2026年6月24日)
- e-Gov法令検索「所得税法(昭和40年法律第33号)」(施行日:2026年10月1日)
- e-Gov法令検索「所得税法施行規則(昭和40年大蔵省令第11号)」(施行日:2026年10月1日)
- e-Gov法令検索「租税特別措置法(昭和32年法律第26号)」(施行日:2026年10月1日)
- e-Gov法令検索「登録免許税法(昭和42年法律第35号)」(施行日:2026年10月1日)
- e-Gov法令検索「地方税法(昭和25年法律第226号)」(施行日:2026年10月1日)
- e-Gov法令検索「民法(明治29年法律第89号)」(施行日:2026年6月24日)
- e-Gov法令検索「相続税法(昭和25年法律第73号)」(施行日:2026年4月1日)
- 法務省「「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」(公布日:2026年6月24日)
- 国土交通省「宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額(昭和45年建設省告示第1552号)」(施行日:2024年7月1日)
- 国税庁「No.3302 マイホームを売ったときの特例」(令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁「No.3305 マイホームを売ったときの軽減税率の特例」(令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁「No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」(令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁「No.3208 長期譲渡所得の税額の計算」(令和8年4月1日現在法令等)
- 国税庁「防衛特別所得税及び復興特別所得税(源泉徴収関係)Q&A」(令和8年5月1日現在の法令等)
- 国税庁「F1-33 信託の計算書(同合計表)」
- 東京国税局「信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した土地等の譲渡に係る租税特別措置法第35条第3項に規定する被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例の適用可否について」(回答年月日:2022年12月20日)
- 国税庁「信託が終了し帰属権利者が残余財産を相続又は遺贈により取得したものとみなされた場合の取得費」(令和7年8月1日現在の法令・通達等)
- 法務省「登記統計 総括・不動産・その他 年次2025年」(公表日:2026年5月29日)
- 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況-令和7年1月~12月-」(公表:2026年3月)
- 内閣府「令和8年版高齢社会白書」第1章第2節(公表日:2026年6月12日)
- 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」(公表日:2024年9月25日)

