海外に住んでいても、日本国内の不動産は帰国せずに売却できます。
家族を売却の代理人に立てる必要もありません。本人が海外からオンラインや国際郵便で契約を進め、登記だけ司法書士に任せる方法もあります。
手続きが止まる原因は、日本との距離ではありません。止まるのは、いつも同じ4点です。名義は誰か。住所は登記に載っているものから今の海外住所までつながるか。印鑑証明書の代わりに、どの署名書類を使うか。そして決済日に手元へ入る金額はいくらか。
この記事が扱うのは、日本国外に住む個人が、日本国内の住宅や土地を通常の売買で売るケースです。日本に住む人が海外の不動産を売る場合、法人が所有する物件、相続や共有をめぐる紛争、国ごとに異なる公証制度の細部は含みません。制度と公的資料は2026年7月24日時点のものです。
海外在住者の不動産売却は、名義・住所・署名・お金の順に確認する
帰国が必要かどうかは、後から決まります。先に、次の4点を上から確認してください。どれか一つでも決まっていないうちは、署名証明を取ったり売買契約を結んだりする段階ではありません。
確認すること:登記に載っている所有者は、本人か、親か、亡くなった親か、共有者の誰かか。
止まるサイン:親の意思、親の判断能力、代理人の権限、相続人、共有者の同意のどれかが未確認のまま。
確認すること:登記に載っている氏名・住所から、今の氏名と海外住所までを書類でつなげられるか。
止まるサイン:引っ越しの記録が途中で切れていて、使える書類や代わりの手続きを司法書士に確認していない。
確認すること:本人が署名するのか、誰かに任せるのか。印鑑証明書の代わりに使う署名証明は、形式1と形式2のどちらか。
止まるサイン:提出先に形式を確認していない。白紙に近い委任状を使おうとしている。形式1で使う書類に、先に署名してしまった。
確認すること:税金のルール上の非居住者に当たるか。10.21%が差し引かれるか。納税管理人を誰にするか。
止まるサイン:源泉徴収を計算に入れず、売買代金の全額を住宅ローンの完済などに充てる予定になっている。
- 土地・建物の最新の登記事項証明書(登記簿の内容を証明する書類)
- 登記識別情報通知(権利証に代わる書類)、または権利証
- パスポートと、今いる国・住所・いつから住んでいるかが分かる資料
- 購入時の売買契約書、領収書、建築代金など、取得費の資料
- 固定資産税の課税明細、住宅ローン残高、物件の鍵と管理状況
この5点は、不動産会社と司法書士の両方へ早めに見せます。ここで一つ、つまずきやすい点があります。売主側の相談に乗る司法書士と、買主や金融機関が名義変更を依頼する司法書士は、別の人になることがあるのです。別々になったら、両者で書式をそろえてもらいましょう。そろえないまま進めると、署名証明や在留証明を取り直すことになります。
海外から実家を売却する手続きは、実家の名義で変わる
「自分の実家だから売れる」とは限りません。売れる人を決めるのは家族関係ではなく、登記の名義と、任された権限です。
| 実家の名義 | 売主になる人 | 売却前に必要なこと |
|---|---|---|
| 本人の単独名義 | 海外在住の本人 | 登記の住所、本人確認、署名方法、税金を整理する |
| 親が健在で親名義 | 親本人 | 親が自分で契約する。または、売る物件と任せる範囲を明記した委任状を作る |
| 親が亡くなり、親名義のまま | 遺言や遺産分割で取得する相続人 | 相続人と取得者を確定し、買主への名義変更より先に相続登記を行う |
| 兄弟姉妹などとの共有名義 | 共有者全員 | 実家全体を売るなら、全員が参加するか、有効な委任状を用意する |
| 親に成年後見人等が付いている | 権限を持つ成年後見人等 | 居住用の不動産なら、原則として家庭裁判所の事前許可を得る |
共有名義なら、自分の持分だけを売ることもできます。ただし買主は限られ、ほかの共有者との関係にも影響します。実家全体を売る手続きの一部ではなく、別の選択肢として考えてください。実家全体を売るには、共有者全員の合意が必要です。
親名義の実家は、海外にいる子の判断だけでは売れない
親が所有者なら、売主は親です。子が鍵を預かり、固定資産税や施設費を払っていても、それだけで売却を任されたことにはなりません。親自身が内容を理解して契約するか、売る物件と任せる権限を明記した委任状を作ります。
親の判断能力に不安があるなら、委任状に急いで署名してもらってはいけません。先に司法書士や弁護士へ相談します。判断能力が落ちた人の代わりに契約などを行うのが、成年後見人等です。成年後見人等が本人の住まいだった不動産を売るときは、施設に入る前に住んでいた家も含め、家庭裁判所の許可が必要になることがあります。裁判所は、許可を得ずに売っても無効になると説明しています。
親が亡くなっているなら、相続人を確定してから売却する
亡くなった親の名義から、買主へ直接名義を移すことはできません。まず遺言や遺産分割の内容に沿って相続登記を行い、そのうえで買主へ名義を移す「所有権移転登記」へ進みます。
相続登記は2024年4月1日から義務になりました。期限は原則、不動産を相続で取得したと知った日から3年以内です。2024年4月1日より前に相続し、その時点で取得を知っていた場合は、原則2027年3月31日までとなります。
期限に間に合わないときのために「相続人申告登記」があります。相続人であることを申し出て、申請義務を果たす制度です。ただし、これを済ませても売れる名義にはなりません。誰が不動産を取得するかを決め、必要な相続登記を終えてから売却します。
亡くなった親が全国のどこに不動産を持っていたか分からない場合は、2026年2月2日に始まった「所有不動産記録証明制度」が使えます。相続人などが請求すると、その人が登記名義人になっている不動産を一覧で確認できます。
この一覧は万能ではありません。登記簿の氏名・住所が検索条件と一致しない不動産などは、載らないことがあります。一覧に出てこないことだけを根拠に「ほかに不動産はない」と判断はできません。
登記の住所が古いままなら、買主へ名義を移す前に直す
本人名義でも、登記の住所が昔のままでは買主へ名義を移せません。旧住所から今の海外住所までのつながりを書類で示し、住所変更登記を行います。
使うのは、住民票の除票、戸籍の附票、在留証明などです。ただし、何が必要かは引っ越した回数や書類の保存状況で変わります。決済日に所有権移転登記と続けて申請する方法もあるため、順番は担当する司法書士が組みます。
2026年4月1日から、住所や氏名が変わった不動産の所有者には、原則として変更日から2年以内に変更登記を申請する義務があります。それより前に変更していた場合は、原則2028年3月31日までです。正当な理由なく怠ると、5万円以下の過料(刑罰の罰金とは別の金銭負担)の対象になる可能性があります。
ただし、売却するなら、この期限は当てになりません。買主へ名義を移すために、期限を待たずに今の住所までつながる書類をそろえる必要があります。
もう一つ、海外居住者だけにある事情があります。法務局は、海外での住所変更を自動では把握できません。そのため、手続きを簡単にする「スマート変更登記」に任せきりにはできないのです。海外住所へ変更登記するときは、日本国内の連絡先を届け出るか、連絡先になる人がいないと申し出る必要が生じることもあります。売主側の司法書士と、名義変更を担当する司法書士の両方に、申請の順番を確認してください。
印鑑証明が取れないときは、署名証明を先に作らない
日本の住民登録を抹消すると、通常は印鑑登録も消えます。海外在住の日本人が不動産登記で印鑑証明書を出せない場合は、代わりに在外公館の「署名証明(サイン証明)」を使えます。
印鑑証明書が取れないと分かると、すぐ署名証明を取りに行きたくなります。ところが、これが一番やり直しの多い順番です。署名証明は、どの形式を使うか、委任状にどう書くかが決まってから取ります。
- 売主側で住所変更や本人確認を相談する司法書士を決める
- 登記簿の氏名・住所と、今の海外住所を司法書士へ見せる
- 署名が必要な委任状などの最終版を受け取る
- 名義変更を担当する司法書士が別なら、両者で書式を共有し、形式1と形式2のどちらを使うか確認する
- 形式1で使う書類には署名せず、そのまま在外公館の予約を取る
- 受け取ったら、追跡できる方法で原本を日本へ送る
署名証明は形式1と形式2で使い方が違う
外務省は、署名証明を次の2つに分けています。
| 形式 | 証明のしかた | 取るときの注意 |
|---|---|---|
| 形式1 | 領事の前で署名した委任状などと、証明書を綴じ合わせる | 日本から届いた最終版の書類を、署名しないまま持参する |
| 形式2 | 申請者の署名そのものを、単独で証明する | 提出先が形式2を受け付けるか、先に確認する |
どちらを使うかは、法務局、司法書士、金融機関など提出先が決めます。「不動産売却なら必ず形式1」ではありません。形式1で証明する書類は、領事の前で署名するまで未記入のままにしておきます。
署名証明は、本人が在外公館の窓口へ行って申請します。代理申請や郵送申請はできません。有効な日本のパスポートなど、日本国籍と本人を確認できる書類も必要です。2026年7月時点の外務省の案内では、手数料は1通あたり日本円で1,700円相当です。現地通貨での金額、支払方法、予約枠は、管轄の在外公館で確かめてください。
在外公館が遠いなど、窓口へ行くのが難しい場合は、現地の公証人が作った署名証明を不動産登記に使えることがあります。ただし、必要な証明文、日本語訳、アポスティーユ(外国で使う公文書への認証)は、国と書類によって変わります。現地で依頼する前に、担当の司法書士か管轄の法務局へ書式を確認してください。
在留証明は住所を示す書類で、署名証明とは役割が違う
在留証明は、海外に住む日本人の住所を在外公館が証明する書類です。対象は一般に、日本に住民登録がなく、現地に3か月以上住み、今も住んでいる人です。申請時点で3か月未満でも、これから3か月以上住む見込みがあれば対象になり得ます。
外務省の案内では、パスポートに加えて、現地の滞在許可証、運転免許証、公共料金の請求書などの住所が分かる資料と、いつから住んでいるかが分かる資料が必要です。2026年7月時点の手数料は1通あたり日本円で1,200円相当です。
外国籍の売主は、日本の在外公館ではなく現地の書類から始める
日本の在外公館が出す署名証明・在留証明は、原則として日本国籍の人向けです。外国籍の売主は、現地政府が出す住所証明や、現地の公証人による署名証明を使い、日本語訳を添える方法が中心になります。
ただ、必要な書類は、日本国籍を離れた時期、登記簿の氏名・住所、今の国籍、住んでいる国によって変わります。日本国籍を離れた人を対象とする例外的な扱いも一部にあります。自分で判断して先に現地で証明を取るより、司法書士が指定した本人確認・住所証明・署名証明をそろえるほうが確実です。
海外在住の売主が集める書類を、目的別に分ける
全員に同じ書類が必要なわけではありません。次の一覧をたたき台にして、司法書士、不動産会社、税理士がそれぞれ必要とする原本を、一つの表にまとめましょう。
- 所有者・住宅ローンの確認
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主な書類:登記事項証明書、登記識別情報通知・権利証、住宅ローン資料
確認する相手:司法書士、金融機関
- 本人・署名の確認
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主な書類:パスポート、署名証明、本人確認用の追加資料
確認する相手:司法書士、不動産会社
- 今の住所と、過去からの住所履歴の確認
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主な書類:在留証明、住民票の除票、戸籍の附票、現地の住所資料
確認する相手:司法書士
- 代理人へ任せた権限の確認
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主な書類:契約用・登記用の委任状、代理人の本人確認書類
確認する相手:不動産会社、司法書士
- 物件の状態・条件の説明
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主な書類:固定資産税の課税明細、図面、測量図、建築・修繕資料、管理規約、賃貸借契約書、鍵
確認する相手:不動産会社
- 税額の計算
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主な書類:購入時の契約書・領収書、建築代金、改良費、売却費用、源泉徴収の資料
確認する相手:税理士、納税管理人
登記識別情報や権利証が見つからなくても、それだけで売れなくなるわけではありません。司法書士が本人確認情報を作る方法や、法務局からの事前通知で確認する方法があります。ただし、海外住所への通知など、追加の手続きと費用が発生することがあります。見つからないと分かったら、査定を頼む段階で司法書士へ伝えてください。
売却の代理人・司法書士・納税管理人は別の役割
海外在住者の売却は、ひとまとめに「代理人を立てればよい」と説明されがちです。実際には、売買契約、登記、税務は別の仕事です。同じ人にすべて頼む必要も、家族にすべて任せる必要もありません。
- 不動産会社
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主な仕事:査定、販売、内覧の調整、買主との条件調整、契約書類の準備。
必要になる場面:仲介で売るなら必要です。不動産会社による直接買取では、その会社が買主になる点を区別します。
- 売却の代理人
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主な仕事:任された範囲で、条件交渉、契約の締結、代金の受け取り、鍵の引渡しなどを行います。
必要になる場面:いつでも必要とは限りません。本人が海外から署名し、郵送や電子契約で進められる場合もあります。
- 司法書士
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主な仕事:本人と売る意思の確認、住所変更登記、住宅ローンの抵当権を消す登記、買主への名義変更。
相談する時期:証明書を取得する前です。売主側の相談担当と、買主・金融機関が依頼する名義変更の担当が、別になることもあります。
- 納税管理人
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主な仕事:税務署からの書類を国内で受け取り、申告・納付・還付の窓口になります。
必要になる場面:非居住者が日本で確定申告をする場合に準備します。売却の代理人とは別の役割です。
不動産会社が電子契約に対応し、相手方の承諾も得られれば、仲介を頼む契約や売買契約の書面を電子化できる場合があります。売主本人が海外にいたまま契約を進められるのは、この仕組みがあるからです。
もっとも、登記や金融機関の手続きでは、原本の郵送や個別の本人確認が残ることがあります。電子契約が使えても、国際郵便がゼロになるとは限りません。
委任状は、任せる権限を広げればよいわけではない
家族や専門家へ売買を任せるなら、少なくとも次の項目を決めておきます。
- 対象不動産の所在・地番・家屋番号
- 売出価格や、これ以下では売らないという条件を誰が決めるか
- 値下げ、手付金、契約解除、違約金に関する権限
- 売買契約、代金の受け取り、精算、鍵の引渡しに関する権限
- 住所変更、抵当権抹消、所有権移転登記に関する権限
- 代金の受取口座と、代理人が現金を受け取れるか
- 委任状の有効期間
- 代理人が、さらに別の人へ任せられるか
- 代理人やその関係者が買主になる場合の扱い
「不動産売却に関する一切の件」のような、広すぎる委任状は避けます。反対に、値下げや手付金を受け取る権限が抜けていると、買主から申込みが入るたびに国際郵便が必要になります。不動産会社と司法書士が必要とする権限を分け、自分で決めたい項目は委任状に書き残しましょう。
海外から日本の不動産を売却する8つの手順
海外在住者は、査定と同時に登記・署名・税金を確認します。売却が進んでから証明書や決済明細を作り直すと、決済日そのものが動きます。
最新の登記事項証明書を取り、所有者、住所、住宅ローンの抵当権を確認します。並行して、海外にいる期間、生活の中心、勤務予定、家族の住まいを税理士へ伝え、税金のルール上の居住者と非居住者のどちらに当たるかを確認します。
査定額だけで選びません。本人確認、署名証明、住所変更登記、国際郵便、時差のある連絡まで対応できるかを確かめます。証明書を取る前に、売主側で相談できる司法書士も決めておきます。
買主側で名義変更を担当する司法書士が後から決まったら、両者に最終書式と本人確認の方法を合わせてもらいます。
本人がオンラインで説明を受け、電子署名か郵送で契約する方法と、国内の代理人が契約する方法を比べます。代理人を置くなら、契約までを任せるのか、代金の受け取りや鍵の引渡しまで任せるのかを決めます。
物件の管理や内覧対応だけを頼む現地の協力者に、売る権限まで渡す必要はありません。
各社へ同じ物件資料を渡し、次の内容を書面でもらいます。
- 査定額の前提(想定する売却時期、物件の状態)
- 仲介と直接買取のどちらを想定しているか
- 鍵、内覧、片付け、残置物(家に残された家具や家財)、郵便物を誰が扱うか
- 本人確認と署名証明を誰が案内するか
- 非居住者の源泉徴収を、契約書と精算書へどう反映するか
- 決済時の受取口座と、海外送金が必要な場合の手順
比べるのは価格の高さだけではありません。売主が海外にいたまま決済まで進められる体制があるかどうかです。
不動産会社が広告、内覧、買主との条件調整を進めます。売主は、雨漏り、設備の故障、増改築、境界、近隣との取り決め、賃貸中なら賃貸条件など、知っている事実を整理します。
海外へ出る前の記憶で「問題なし」と答えないでください。現地の写真、管理会社や家族への聞き取り、修繕記録で、今の状態を確認します。
買主が個人か法人か、何のために買うか、売買代金が1億円以下かを確認します。10.21%の源泉徴収が必要なら、手付金と残代金それぞれの源泉徴収額、ローン完済額、仲介手数料、登記費用を入れた決済明細を、不動産会社に作ってもらいます。
契約書には、誰が署名するか、原本の送り方、送金先、引渡し条件、登記書類が届かなかった場合の扱いも定めます。国際郵便は遅れます。証明書の原本が届いたと確認できない日程で、決済日を決めないでください。
決済の前に、司法書士が本人確認、売る意思、登記書類、住所変更、抵当権抹消を確認します。決済日は、買主から残代金を受け取り、必要な源泉徴収、ローン返済、諸費用の精算を行い、買主への名義変更と鍵の引渡しへ進みます。
海外口座へ送金するなら、送金できるか、口座名義をどう表記するか、どの資料が必要か、手数料と着金までの日数はどうなるかを、金融機関へ先に確認します。決済当日に初めて海外送金を相談するのは避けましょう。
源泉徴収されて終わりではありません。売却年の資料、取得費、譲渡費用(仲介手数料など、売却に直接かかった費用)、源泉徴収された額、使う特例をそろえ、原則として翌年の確定申告期間に精算します。
非居住者の売却代金からは、10.21%が引かれることがある
税金のルール上の「非居住者」は、海外にいるという事実だけでは決まりません。基準になるのは「生活の本拠」、つまり暮らしの中心がどこにあるかです。住まい、仕事、家族、資産を合わせて判断します。
日本に1年以上続けて生活の場があるかどうかも、判定の基準の一つです。1年以上の予定で海外勤務をする人は、一般に非居住者と推定されます。ただし、住民票の有無や滞在日数だけで決まるわけではありません。
非居住者が日本国内の不動産を売って得た所得は、日本で生じた所得として日本で課税されます。売却代金を海外の口座で受け取っても、日本の課税はなくなりません。
10.21%が引かれないのは、3条件をすべて満たす取引
ここからは、売買代金が日本国内で支払われる一般的な取引を前提にします。買主が日本国内に住所や事務所などを持つ場合は、国外で支払っても源泉徴収の対象になることがあります。「海外で払ってもらえば済む」という話ではない点を、先に押さえてください。
この前提のもとで、買主は非居住者へ払う売買代金から、原則10.21%を差し引いて国へ納めます。引かれないのは、次の3条件をすべて満たす場合だけです。
- 売買代金が1億円以下
- 買主が個人
- 買主本人または買主の親族が住むために購入する
| 買主と利用目的 | 売買代金 | 原則的な扱い |
|---|---|---|
| 個人が自宅または親族の住まいとして購入 | 1億円以下 | 源泉徴収なし |
| 個人が賃貸・投資・事業用として購入 | 1億円以下でも | 10.21%を源泉徴収 |
| 国内の不動産会社など法人が買取 | 金額を問わず | 10.21%を源泉徴収 |
| 個人が居住用として購入 | 1億円超 | 10.21%を源泉徴収 |
売買契約、引渡し、帰国の時期が近い場合は、どの時点の区分で判定するかを税理士へ確認します。国税庁の質疑事例では、土地の場合、引渡日に居住者か非居住者かで、源泉徴収が必要かを判定しています。
最終税額は、売却代金ではなく売却益から計算する
源泉徴収と確定申告では、計算の出発点が違います。
取得費は、購入代金や建築代金など、原則としてその不動産を手に入れるためにかかった費用です。譲渡費用は、仲介手数料など、売るために直接かかった費用です。
非居住者である期間中に日本の不動産を売った場合の、一般的な国税の税率は次のとおりです。日本の居住者として売る場合の、住民税を含む税率とは別のものです。
| 売却年の1月1日時点の所有期間 | 区分 | 所得税・復興特別所得税 |
|---|---|---|
| 5年超 | 長期譲渡所得 | 15.315% |
| 5年以下 | 短期譲渡所得 | 30.63% |
相続した不動産では、原則として亡くなった人の取得時期を引き継ぎます。相続した日から5年を数え直すわけではありません。特例の有無や居住区分で計算は変わるため、この表は非居住者である期間中の一般的な税率として見てください。
購入時の資料が見つからない場合は、売却代金の5%を取得費とみなす方法があります。ただし、実際の取得費よりずっと低ければ、課税される売却益はそれだけ大きくなります。実家なら、親が保管していた売買契約書、建築請負契約書、領収書、通帳、住宅ローンの資料まで探してから、5%を使うか判断しましょう。
3,000万円で売っても、306万3,000円が最終税額とは限らない
決済日に引かれる額と、確定申告で決まる額は一致しません。どれだけずれるのか、仮の数字で見ます。
- 売買代金:3,000万円
- 取得費(建物の値下がり分を差し引いた後):1,000万円
- 譲渡費用:100万円
- 売却年1月1日時点の所有期間:5年超
- 売主は引渡し時に非居住者、買主は国内法人
- 3,000万円特別控除などの特例、ほかの国内所得、所得控除は考えない
| 計算するもの | 計算式 | 金額 |
|---|---|---|
| 決済時の源泉徴収 | 3,000万円 × 10.21% | 306万3,000円 |
| 課税譲渡所得 | 3,000万円 − 1,000万円 − 100万円 | 1,900万円 |
| 申告上の国税 | 1,900万円 × 15.315% | 290万9,850円 |
| 差額 | 306万3,000円 − 290万9,850円 | 15万3,150円 |
この例だと、ほかの精算を除いた決済時の受取額は2,693万7,000円です。税額は、非居住者である期間中に生じた売却益に住民税がかからない前提で、長期譲渡の所得税15%と復興特別所得税0.315%を使って計算しています。
差額の15万3,150円は、この前提なら還付される計算です。ただし、自動では戻りません。確定申告で精算します。
海外へ移った後でも、元の自宅なら3,000万円特別控除を検討する
自分が所有者として住んでいた家なら、売却益から最高3,000万円を控除できる可能性があります。期限は、住まなくなってから3年を経過する日が属する年の12月31日までに売ることです。海外へ移った後に人へ貸していたという理由だけで、対象外になるわけではありません。
要件はほかにもあります。親族など特別な関係にある人への売却、過去に同じ特例を使ったかどうか、買い替えた住宅のローン控除との関係、建物を取り壊した場合の期限などです。「売却代金から3,000万円を引く制度」でもありません。確定申告をしなければ使えないので、売る前に税理士へ期限と必要書類を確認します。
海外から親の実家を売る場合は、注意が必要です。売主本人がその家を所有して住んだことがなければ、この「自分の元マイホーム」の特例は使えません。相続した親の空き家には別の特例があるので、混ぜずに確認してください。
納税管理人は、売却の代理人とは別に決める
非居住者が日本で確定申告をするときは、国内で税務書類を受け取り、申告・納付・還付の窓口となる納税管理人を決め、税務署へ届け出ます。納税管理人は個人でも法人でも構いません。
親族を納税管理人にしたからといって、複雑な売却益の計算や特例の判断まで任せられるわけではありません。取得費の資料がない、海外への転居と引渡しが同じ年、相続した実家、共有持分といったケースでは、国際税務と不動産売却に対応する日本の税理士へ相談します。
住んでいる国でも、売却益の申告が必要になることがあります。現地の税務専門家には、現地で課税されるか、申告期限はいつか、日本で納めた税金を外国税額控除(同じ所得への二重課税を調整する仕組み)で調整できるかを確認してください。日本の申告を終えても、住んでいる国の手続きまで終わったわけではありません。
不動産会社は、査定額より「最後まで任せられるか」で選ぶ
査定額が高くても、名義・住所・署名・お金を誰がどう整えるのかが曖昧なら、海外にいたまま決済まで進むのは難しくなります。候補の会社には、次の質問を同じ文面で送り、返ってきた答えを並べて比べます。
- 海外在住の売主について、私が住む国と同じ国、または同じ種類の書類を使った売却実績はありますか。
- 本人が海外から直接契約する方法と、国内に代理人を置く方法の両方を説明できますか。
- 売主側で相談する司法書士と、名義変更を担当する司法書士は誰ですか。別々になる場合、書式は誰が調整しますか。
- 登記簿の旧住所から今の海外住所まで、どの資料でつなぎますか。
- 日本国籍なら、署名証明の形式1と形式2のどちらを使いますか。外国籍なら、どの官公署・公証人の書類と日本語訳が必要ですか。
- 物件の鍵、内覧、郵便物、残置物、修繕の現地対応は誰が行いますか。
- 非居住者の10.21%の源泉徴収を、契約書と決済明細へどう反映しますか。
- 売却代金を受け取る口座と、海外送金が必要な場合の確認は、いつ行いますか。
見るべきは「対応できます」という返事ではありません。担当者、必要書類、期限、費用、買主が決まった後の流れまで、具体的に書けるかどうかです。比べる金額も、査定額だけでは足りません。
この式が出すのは、手付金と残代金を合わせた、確定申告前の受取見込額です。決済日に振り込まれる額だけを知りたいときは、残代金から、その支払いにかかる源泉徴収額と決済費用を引きます。源泉徴収は原則として、手付金や残代金が支払われるたびに行われます。
源泉徴収された額は、確定申告で精算する前払いです。最終税額とは限りません。それでも、決済日には手元へ入りません。ローン返済などの資金計画では、先に差し引いて考えます。
仲介と直接買取を比べるときも、価格だけで決めません。仲介は幅広い買主を探せる代わりに、内覧や販売期間の管理が必要です。直接買取は買主を探す期間を省きやすい代わりに、提示価格と契約条件をよく確かめる必要があります。どちらが有利かは、海外在住かどうかでは決まりません。
海外在住者の不動産売却でよくある質問
まとめ|帰国の予定より先に、名義・住所・署名・お金を確認する
海外在住でも、日本国内の不動産は帰国せずに売却できます。最初に確認するのは、飛行機の予約ではありません。登記の名義、今の海外住所までのつながり、署名の方法、そして10.21%を引かれた後に受け取れる金額です。
まず、最新の登記事項証明書、登記識別情報または権利証、取得費の資料、住宅ローンの資料を集めます。これを、海外在住者の売却に対応できる不動産会社と、売主側の司法書士へ同時に見せます。名義変更を担当する司法書士が別なら書式を合わせ、形式と最終書類が決まってから署名証明を取ります。
誰が売れるのかを確定し、決済と確定申告までの予定表を作る。これが、帰国せずに売却を進めるための土台になります。
参考資料
- 在外公館における証明(外務省)
- 外国に居住しているため印鑑証明書を取得することができない場合の取扱い(法務省)
- 住所等変更登記の義務化(法務省)
- 所有者の住所変更の登記をオンライン申請したい方(法務局)
- スマート変更登記のご利用方法(法務省)
- 令和6年4月1日以降にする所有権に関する登記の申請について(法務省)
- 相続登記の申請義務化について(法務省)
- 相続人申告登記について(法務省)
- 所有不動産記録証明制度について(法務省)
- 新不動産登記法Q&A(法務省)
- 成年被後見人等の居住用不動産の処分についての許可(裁判所)
- ITを活用した重要事項説明及び書面の電子化(国土交通省)
- 居住者と非居住者の区分(国税庁)
- 複数の滞在地がある人の判定(国税庁)
- 海外勤務中に不動産を売却した場合(国税庁)
- 非居住者の特例・令和7年分申告手引(国税庁)
- 非居住者等から土地等を購入したとき(国税庁)
- 土地等が共有されている場合の取扱い(国税庁)
- 源泉徴収の対象とされる支払の居住区分判定(国税庁)
- 譲渡所得の計算のしかた(国税庁)
- 長期譲渡所得の税額の計算(国税庁)
- 短期譲渡所得の税額の計算(国税庁)
- 取得費が分からないとき(国税庁)
- マイホームを売ったときの3,000万円特別控除(国税庁)
- 被相続人の居住用財産を売ったときの特例(国税庁)
- 海外勤務と納税管理人の選任(国税庁)
